金土日を経ての月曜は、冷蔵庫のビール在庫率が低い。
一人暮らしをしていたときは缶ビール大小各4本をキープ(飲み始める前に)という状態でよかった。冷蔵庫の容量の問題もあったし。今はそれぞれ6〜7本無いと不安になる。僕は飲み始めた後に、どんな理由でも外出するのが嫌いだからだ。
それが土日月の朝ともなると「大ゼロ」という状況になっていることも少なくない。僕は普段「翌朝の在庫状況」を視野に入れて補填をする。仕事の帰りやダーツ・バーの帰りに買い物をするため、在庫を確認してから出かけるのだ。
(「大4・小3・I」などと書いたメモを僕が見ていたらビールの大小の本数と氷、というモノだと思ってください)
ワイフは頻繁に買い物に出かけるほうだが、ビールはあまり買ってこない。以前に手首を痛めて以来、重いものを買うことをいやがっているのだろう。水を汲みに行くときも肩にかけるバッグを持って出かけている。
そう。水を汲む、という行為は、人間の行為が「一回りした」気にさせられる事柄だ。
「水道が無かった時代→水を売り歩くという商売が成立した時代→水道整備→ミネラルウォーターを買う→マーケットなどで会員登録をして水を汲む(買う)」
時代は巡る。人々の行為も巡る。そして仕事もそこそこにダーツ・バーに出かけるような夫に対する自分の飲む酒ぐらい自分で買いなさいよ、という「妻の主張」的なものは普遍なものだろうか。
普遍という軸の周りをぐるぐると回る、メリーゴーラウンド。何時間乗っても、スタートとゴールは同じ場所。それはある意味では人の生き方に似ているのか。
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・論旨が見えません
・ワイフ、という単語一発だけにモテの役割を背負わせるのは荷が重いのではないでしょうか
・そもそもワイフっていう言葉はモテですか?
・素面で言っている人をあまり見たことがありません
・オチという概念をとうとう放棄しましたか?
最近はカフェなどの店先にいわゆる「サンプル」ではなく「そのもの」が置いてあることも少なくない。日替わりに工夫を凝らすという店なら、サンプル化が難しいということもあるだろうが。
突然の雨などでは、相当なビジュアルインパクトを与えるオブジェに転身を図らざるをえないだろうメニューも日の光を浴びている。
しかし、彼らが自ら「日の光を浴びたい」と望むわけでもなく、そこには作り手のなにがしかのメッセージが込められているのだろうか。
・スプーンが1本添えられている/ご先着1名様に無料サービス!
・スプーンが複数、または使い捨てタイプが添えられている/ご自由にご試食ください!
なるほど。試食や無料サンプルはデパートメントストアやドラッグストアの専売特許ではないのだ。デパ地下を出よう! 街に飛び出そう! 街はみんなのグルメ・ターミナル!
そのような作り手の志を受けて、メニューたちも太陽の下、いっそう輝くのだろう。
そう考えると、スプーンの添えられていないメニューからも
「スプーンご持参のあなただけに!」「福神漬け お水等はご持参ください!」という、カスタマーとのより深いコミュニケーションを求めているメッセージを感じる。
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・カラス以外が食べているのを見たことがあるんですか。
・お腹こわすと思います。
・っていうか窃盗。
鼻毛を切るのが得意ではない。
洗濯バサミのようなものをつまむと歯が回転して安全で手早く、というものや、さらには電動のものまであるらしいが、回転式は切れずに抜けるのが怖い。それに鼻毛を切るには大げさにすぎる、と思うし(エコロジストを気取るわけではないけどね)
※鼻毛を抜くのを趣味のひとつとして楽しむ方もいるようだが、よしておいたほうがいいです。すごく腫れて(たぶんあなたが想像する5倍ぐらい腫れる)、命に関わることもあるそうです。「まあ人の5倍ぐらい大きい!」と腫れた鼻を見て俗説に思いを馳せるレディもそう多くないと思うし。
なのでレガシーな専用ハサミでちょきちょきと切っている。一度で満足の行く結果を得られることは少ない。ハサミに触れることで、折りたたまれていたり、鼻の穴の中で斜めにつっぱっていた奴らがひょっこり顔を出すのだ。ある種のフレンドリーさを持って。
でも、そのフレンドリーさは皆には伝わらない。“鼻毛 is 鼻毛 That is all. ” だから僕はハサミを片手に彼らを追い回す。しかし、彼らはたくみに身をかわし「切ったか」と思った僕をあざ笑うかのように数分後にはまた「やあ」と現れる。
鼻腔は彼らのフィールドなのだ。それが僕の肉体の一部であったにしても。
さながら忍者のような僕の鼻毛たち。鼻毛忍者だ。エキサイト翻訳にかけてみる。“Nose hair ninja”なるほど。言われてみれば忍者を訳した英語は無く、忍者はNinjaだ。なかなかにグローバル、僕の手に負える相手ではなかったのだ。
※僕が訪れた当時、NYCのリトル・チャイナとリトル・イタリーが切り替わる場所は、道路を挟んだりせずびっちりと隣接していました。
これもなかなか鼻毛っぽいし、グローバル。そうは思いませんか。
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・そもそもで題材が鼻毛では。
・グローバルって…。
・問いかけちゃった。とうとうオチを問いかけて終わっちゃったよ。
今日はそう忙しいわけではない。街も静かだ。
隣のアパートメントでは、数日前の深夜にけたたましい音を立てていた火災警報器の点検が続いている。
最初はうるさいと思っていたが、数日間繰り返されるとなんだか慣れてくるというか、鳴っていないと逆に気になる。
人間の「慣れ」とはおそろしいものだ。
街に響く火災を知らせるはずの「へいほー へいほー」とでも言うような間抜けな音ですら「平和」という感覚に飲み込まれていくのだ。
以前は「平和」という文字を見ると「安い手」などと反射的に思った僕だが、牌を握らなくなってからは、平和という文字は本来の意味しか持たない。(パチンコもやめたしね)
数ヶ月続いた「殺す気か」と思えるような多忙な日々も、その繰り返しが暇な日々を上回れば「それが普通」「それが平和」と思ってしまう。だからこそ、本来そちらのほうが「平和であるはず」の落ち着いた時間に不安を覚えるのだろう。
「コロ助、か」 一人つぶやく。平和のメタファーとしてのコロッケが頭に浮かぶ。
だが今夜は「揚げ物以外」と指定したためしょうが焼きナリよ。
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違う。まだ違う。論旨もおかしい。
・モテはしょうが焼きとか食べないと思います。
・アンタただ「コロ助、か」と書きたかっただけじゃないですか?
・最後はメタファー頼みですか。
仕事の資料として「ワールドサッカー ウイニングイレブン9」というゲームソフトを買いに行った。(一瞬どっちがシリーズ数かわからなくなる しかも買いに行ったのはセブン・イレブンだ。やれやれ)
この街には家電量販店もCD/DVD店もない。暑さの中電車に乗るよりは「定価販売」を選んだ。
ソフトウェアは解りやすい場所にあった。早速店員の中年女性に話しかける。
「すみません。ウイニングイレブンというゲームソフトをひとつ」
(それじゃない。花火はとりあえず打ち上げない)
「サッカーの。そこの俊輔、中村俊輔が写ってるものです。ジーコと」
(なんだその萌えキャラは。それが俊輔か? ジーコか? そして僕は秋葉系認定?)
僕は自分でもどうかと思いながら、最終的な一言を放った。
「そこの、変な髪形の日本人と外人が球を蹴っているヤツなんですけど」
若い男性がやってきて事なきを得たが、比較的有名なタイトルのサッカーゲームを買うのにこれほどの苦労をするとは。
「日本にもワールドカップを境にサッカー文化が根付いた」
マスコミのこの手垢の付いた言い回しの神通力は、賞味期限付きだったという訳だ。
これが海外のコンビニエンスストア、例えばインフレ時のブラジルだったら、レジの横にお釣りの札束をくくりつけたパッケージが山積みだろうし、イタリアだったら「ピッツァと一緒にウイイレ9はいかが? カーポ」と“自分の性的魅力を知り尽くした”女性店員がにっこり微笑みかけてくるに違いないのだ。
(20年前のマドンナが店員だったら誰だって買う)
やっとの思いで家に帰りパッケージを眺めてみる。久々に改めてみた俊輔の髪形は、そう変でもなかった。
なるほど。“俊輔=変な髪形”の神通力もすでに失われていたのだ。それにことがサッカーなのだから、神通力よりも海外の神に祈るべきだったのかもしれない。NYCの教会での、あの日のように。
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・若干本文中とのリンケージを持たせてありますが、やはりそのオチは強引でしょう。
・そもそも落ちてますか?
・俊輔ファンに怒られる。
・K○NAMIに訴えられる可能性すら。
会議に参加した。
今日はさほどシリアスな話題は無いと思うのだけれど、と思っているとあるデザイン会社の人々がやってきた。いつものディレクターは不在。
僕は彼が休むことは事前に連絡を受けていたけれど、ある人が「休みですか?」と問いかけた。
「ええ。○○○○親子サッカー教室へ」
ちょっとしたミステイクだ。ここは「恐縮ですが外せない私用がありまして」あたりでよかったんじゃないかな?
会議室になんともいえない空気が流れた。まあ、批判めいたものではないけれど。
と、ある人が「○○の親父さんって、サッカー上手いんですかねぇ?」
違う。
「○○○○親子 サッカー教室」ではなくて「○○○○ 親子サッカー教室」だ。普通は(イチロー・スズキ選手の野球教室ならありえなくはないかもだけど)
彼はその空気を変えるために「あえて」そうしたのかもしれない。そうではないのかもしれない。しかし、彼があの空気を変えてくれたのは確かだ。
彼の優しさの言葉に触れて、僕はなぜか函館の海に沈む夕日を思い出した。
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・ラスト1行、強引すぎます。
・オチがありません。
・風景写真入れりゃなんとかなる、ってのは間違いだと思います。
・モテたとしても、フォローした彼であり私ではありません。
近所の焼き鳥屋に行った。
この店の店主は「ムッシュ」と呼ばれる70手前の老人だ。
若いころは相当に洒落た遊び人だったらしい。連れ合いがTシャツを褒めると(まあ、70前の老人が着るような絵柄ではない)「服なんてものは褒められたら上げちまったり、貰ってきたりなんてもんだ」と言っては僕の金魚柄のTシャツを「ちょうだいよ」と軽く言ったりする。(残念ながら限定製品なので進呈できないけど)
長く地元に住んでいる粋な老人。いや、彼には老人という言葉は相応しくないかもしれない。「オトコのベテラン」とでも言うべきだろう。ただ歳を取ってきただけの人間とは違うのだ。
自宅も近く、この店を長くやっていることで彼は「街の事情」に詳しい。近所のマーケットの老店員が辞めた理由(腰痛らしい)から、どの店の誰のレジに並んではいけないとか、交差点にミミズが異常発生したことまで、この街で彼が知らないことなどないのだ。
…「あなたなんて、やっぱりバール好きでしょ」
不意を突かれた。インターネットなどとは無縁のはずな彼が突然に、だ。
「ええ。まあ」
「アレだね。3時まではハッピーアワーだとか」
彼はT'sに行って見たいと前から言っていた。そこで悶々あたりに聞いたのか。しかしハッピーアワーはダーツは17時まで、ドリンクは19時までなんだが…。
「まあ、騒がしいっちゃ騒がしいわ。路上で飲んでるからな」
違った。彼が言ったのは最近近くに出来たカフェのことだった。バールをうたっているのだろう。
この街では、バールと言われて工具を思い出す人間は、そう多くないのかもしれない。それに、僕が手に持っている「メタファーとしてのバール」は僕にしか見えないのだ。
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違うな。これも違うな。オチが無いしな。しかも「メタファーとしてのバール」って無理から過ぎ。ってか俺持ってないしそんなバール。
やっかいな仕事も一段落。ビールとオールド・パーを買おうと近所のマーケットに向かう。
部屋着(屁ヤギという誤変換はどうかしてると思う) からアバクロのデニムと一番上に重ねてあったTシャツを着て、と。そうだ、今日は天気もいいし、Tシャツの丈も結構長いから、あえてジッパーを開けて出かけてみよう。たまには自由な風を浴びたり、浴びさせたりするものいいかも。
誰にも気づかれないはずの、僕の小さな冒険。でも、一人のマダムが僕をじっと見ていた。気がつかれたかな? ま、いいさ。彼女にとっても、小さい(あえて“大きい”とは言わない) 日常の中の事件だったかもしれないしね。
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違うな。これはモテ系じゃないな。写真全然関係ねーしな。
※いや、もちろん意図的じゃないけど、開いてましてね。ビビりましたね。ええ。
最近のブログのトレンドは「モテ系」のようだ。
素敵な写真と、簡潔なコメント。それがモテ系の基本路線らしい。
自分にどんなモテ系ブログが出来るか。考えてみたい。
カテゴリーまで起こしたが、企画倒れに終わったらバックレたいと思います。