とても長いです。
ある事実を再現するドラマの脚本と監督を依頼された。
専門外の分野なので「なぜ私に?」とプロデューサに尋ねる。理由としては
・守秘の徹底に定評が有る
・これから話す「ドラマ化にあたって“ここは事実と違う表現にして事実を伏せて欲しい”」部分を守り通すには、他の分野の方を入れたほうがより安心と思われる。
というような理由とのこと。事実と異なる部分とは事件の中で
・関わった大物政治家の実名
・殺人事件
・地名
・心霊現象としか説明がつかない部分
これらを「若干匂わせる」「まったく無かったことにする」などのさじ加減をプロデューサと私だけが知ることとしたい、とのことだった。特に政治家と心霊現象は事件にかかわった人々の間でも絶対のタブーだという。
ドラマにリアリティを出すためにそのすべてをお伝えする、と言われた。なるほど、これでは公表できないのも無理は無い。
「しかし」と私。
「すべてを伏せておくほうがよろしいのでは?」と尋ねる。
「数字が取れる装置が、この事件の中にはたくさんある、と私は判断しました」とプロデューサ。
「また、後にお分かりになるかもしれませんが、この事件の“手法”を用いた事件は、世界中で実は何度も起きている。人々がまたこのような事件に遭遇したときに“こう振舞えば助かる”という潜在的知識を植えつけるためにも、誰かがやらなくてはいけないことなのです」と。
“手法を用いた”、“またこのような事件に”
という部分がひっかかったが「心配は要らない」ということだったので、引き受けた。
ドラマは初回を75分枠拡大SPという形で放映。ほぼ撮影が終わってから放映を開始したこともあり、クオリティを保つことができたせいか、また「本放送中に再放送を各話2回も行う」というフォロワーにもついてこれる仕組み、ネットでのBuzz対策などもうまくいったと思われ、レイティングは非常によかった。最終回の90分SPも瞬間的では有るが35%を超えた。
数ヶ月は何事もなかった。ドラマの仕事がまた来たりしたが、死ななかったのが不思議なくらい忙しかったので、受けなかった。
携帯が鳴った。ある地方都市で温泉ホテルを経営している家族の長男、を名乗る若い男性とのことだった。
友人が録画した例のドラマを見て、今自分の周りで起こっている不思議なことに似ているので、相談に乗ってほしくて失礼ながら(私のことを)調べさせてもらい、ようやく連絡先を入手した。というような話だった。
「私はドラマは専門ではないです。ましてや探偵でもない。局か、探偵か、もちろん警察を含めて、そういう方たちにご相談されるべきではないかと思います」
そのように告げて、電話を切った。
翌日、事務所に一人の青年が訪ねてきた。昨日の電話の主だった。驚くことに、ドラマの主役級を演じたタレントに雰囲気が似ていた。
あれこれと押し問答をしたが、これはてこでも帰らない、という雰囲気を感じ、これではキリがないと「伺うだけですよ」と念を押して一度帰ってもらう。
やれやれ、これは妙なことになってきた、と思う。幸いなのか不幸にして、なのか、急ぎの仕事はない。明日出発、という約束をしたので、支度をして早めに休んだ。
新幹線のホームから、遠くに青年の実家だというホテルが見えた。相当な規模のようだった。在来線もあるが、タクシーだとすぐですから、ということでそうする。
ホテルは非常に大きく、真ん中に露天風呂、プールなどを挟む形で4本もビルが建っている。これは相当な資産家だ、と思う。昨日「前金と言っては少ないかもしれませんが」と500万もの現金を持ってきたのも頷ける。
ホテルの一室に、事件の経緯を知る人たちが待っていた。皆若い。大学生ぐらいだろうか。
話を聞くことにする。青年が話し始める。
「先週のことです。最初に言います。先生が撮られたドラマと同じ事件が起きました。いや、起こり始めている、というほうが正しいです」
先生、というのを辞めて苗字で呼んでくれないか、と告げる。それどころの話ではない、と分かっていながら。いや、分かっているからこそ、それしか言えなかったというべきか。
先のドラマと同じ、というならば、最初に起きたことは「エレベータが自我を持ち、人間と会話する能力を突然持ち始める」ことのはずだ。それを尋ねると
「そうです」とのこと。
「あの、ですね」と私。
「失礼ですが、いたずらと考えるのが妥当ではないかと思いますが、そのへんは…」
「調べました」と青年が遮る。
「まず、エレベータ会社を呼んでメンテナンスをしてもらいました。ハード的にはなにも異常がありませんでした。もちろん、運行用のAIがあるソフトもです。次に、保守や事故用の通話回線を通してなにがしかのクラッキング的行為が出来る仕組みが有るか否か、またはその改ざんがあったかも調べてもらいました。構造上の秘密についてすべてを教えるわけにはいかないと言われましたが、行為としてその会社がこのホテルに対して外部からなにかのイレギュラーな制御は行っていない、という誓約書を書いてくれ、と言ったらあっさり書きました。なにもやましいところはないから書きます、と言われました」
「はい。なるほど。では、次に失礼ですが、内部の方にそのようなことができる可能性は?」と私。
「話はちょっとそれますが」と青年。
「うちのホテルは150年ぐらいの歴史があります。もちろん昔は旅館でした。祖父と父の代に渡って大改修を行い、ホテルの形になったのです。そして、ホテル化にともない、システムエンジニアをしていた父が会社を辞めて実家の経営に関わるようになりました。当時としては異例なほど、いわゆる“PC化”を行ったそうです。僕も子供のころから、PCやネットに関しては英才教育と言っていいだろうものを父から受けてきました。父は数年前に他界しまして、その後を受けてPCまわりの管理をしているのは僕です」と。
「なるほど。それではいたずらを疑う余地は無い、と。失礼ですが、あなたの狂言でなければ、ですが」
「そんな馬鹿げたことをするわけが!」と青年が声を荒げる。
「お兄ちゃん! 言われても当たり前のことだから! 落ち着いて!」と若い女性の声がする。
青年の妹で大学生です、と簡単に自己紹介をした後、妹(A子と表記します)が続ける。
「狂言と思われて当然だと思います。しかし、先生も当然お分かりのはずです。もしドラマと同じだったら、このあとけが人が続出することに」と。
「ええ。まあ」と私。
ドラマではこのあと
・エレベータのドアの開閉が異常になり、けが人が続出する。
・エレベータは「私(わたくし)が出すクイズに答えられたら、このことをやめよう。そして、二つのパスワードを教えてあげよう」と持ちかけてくる。
そういう展開になる。そして、大物政治家が怪我をしてしまい大事になるのだ。
どこまで自分がこの事件に介入するべきか、どこまで責任が取れるかわからない。いや、責任など取れはしないだろう。警察を呼ぶべきだろう。
「あの、ドラマと同じだと、このあとエレベータが」
「ええですから」と青年。
「もしこの後それが起きたらどうするべきかをご相談したくて来て頂いたというわけです」
「この段階で」と私。
「事件性が無いとは言えないと思います。警察にお願いしてはどうでしょうか」
「あの。それも考えたのですが」とA子。続けて青年が
「ある大物の政治家の方と秘書の方数名が昨日から泊まられています。で、ある事情があって、滞在中はホテルのマスコミの取材は禁止で、よほどのことが無い限り警察も呼ばないで欲しいと強くお願いされていまして」と。
最悪だ。
ドラマの中では、大物政治家は人気プロ野球チームのオーナー、という形に置き換えられていて、怪我もしない。エレベータに乗る前に雑用を思い出して助かるのだ。また、秘書の方数名、というが、もしこの事件がドラマの元になった事件と同じことが起きるというならば、秘書の中に大物政治家の愛人が紛れている。実際の事件では、政治家と彼女が怪我をして、警察と本物の秘書のマスコミへのコントロールが効いたため、世の中のほとんどに知られていない事件だった。
このことを大物政治家に告げて帰ってもらうわけにはいかないだろう。信じてもらえるはずもないし、守秘を破ることにもなる。事故が起こるタイミングは、今日あたりのはずだ。事実としての最初の事故は「エレベータが下に半分ずれていて新聞を読みながら乗ろうとした政治家が怪我」だ。事実をひとつずらしてみる、ぐらいしか手の打ちようがない。
「あの、非常に危険なことを申し上げますが」と私。
「なんでしょう」
「責任も取れない話ですし、やるやらないはお任せします。まず、エレベータは止められますか?」と私。
「止められます。が、30分ぐらいするとまた勝手に動き始めます」と青年。
「結構です」と私。
「いますぐ、1本を除いてエレベータを“故障”の名目で止めてください。次に、この中で一番運動神経に自信の有る方は?」
「あの。俺が。棒高跳びで国体出ました」と大柄な青年が言う。
「よく聞いてください。まず、政治家の方がいらっしゃるフロアに売店はありますか?」と私。
「あります」とA子。
「ではそこで、現在ある限りの雑誌、発売日前のものをすべて売り出して、それを手書きポスターなりで告知してください。また、政治家ほか宿泊客が通ったら“お退屈でしょうからいかがでしょう?”と薦めて、とにかく売店に足止めをしてください。で、陸上のあなた。何度も繰り返してそのフロアにエレベータを呼んでください。いずれちょっと暗めの扉があらわれますが、そしたら電灯で下を確認して、天井が見えるようなら飛び降りてください」
「えーと、えーっとそれはいったいどういう狙いが…」と青年。
「簡単に言います。宿泊客を一箇所に足止めして、そのうちに1回目の事故を発生させてエレベータがクイズを出すか様子を見ます。事故がおきたという事実があれば、連続してエレベータを止めることもできるでしょう。クイズが出て、ドラマと似ているなら正解もできるかもしれません」と早口でまくしたてた。
皆が部屋を出て行った。
ふと顔を上げると同級生のB子だけが戻ってきていた。同級生? いや、同級生だ。
「yae君って、こういうときに頼りになるタイプなんだ〜 知らなかった…」となにかうっとりした目で見ている。“恋愛ジャンキー”と周りから陰口を叩かれることも少なくないB子。あまり関わりたくないので「売店に行く」と部屋を出た。
どこで買ったのか、ターミネーターのような安っぽいサングラスをした浴衣姿の男性が「ほぉー。雑誌ってのは随分早く上がってくるもんだなあ」と同行の女性に話しかけている。政治家だ。そして愛人だろう。どうみても政治家の秘書には見えない。銀座とかのドキュメンタリー系の番組で見たような気もする。
エレベータに向かう。ニックネーム「陸上」が何度もボタンを押している。電灯をドアに差し入れた。来た!
陸上の姿が消えて、バスッ、となにかに着地したような音がした。「いててて…」と弱弱しい声がする。大怪我! と思いかけよると陸上が這い上がってきた。さすがの身体能力だ。
「怪我は?」と尋ねると「うん、ちょっとね。足の親指が痛くてね」と靴下を脱いでいる。親指の裏から出血している。
「あ。大丈夫。水ぶくれが出来てたんだよね。スパイク変えてから。それが潰れただけみたい。うん。消毒してくんね。yaeも気をつけろよ」と笑顔で陸上がどこかに向かった。
ほっとしつつ、陸上には悪いがエレベータによる「傷害事件」の事実が発生した。と、
「お若い方。クイズはいかがでしょう?」 電子音声としては異常な滑らかさで声がした。エレベータがクイズを出してきた! ドラマと同じだ。
「これから算数クイズを出します。中に入って階数のボタンを見てください。2問連続して正解したら落としません。パスワードを進呈して、私は普通のエレベータに戻ります。2問連続して不正解なら、最上階からフリーフォ〜ル! ですよ」
よし、ここまでは同じだ。腹を決めていくしかない。と、B子が「私も乗る〜」とやってきた。
「バカお前。失敗したら死ぬかもしれないんだぞ!」と止める。が「危機的な状況で結ばれた男女はぁ、知ってる?」知ってるよバカってかそれSpeedじゃんよ、と思っているとエレベータが
「やらなければ、いますぐ他のエレベータが絶叫マシンになりますがよろしいですね?」と。
やむをえない。乗った。で、B子も乗ってきたので突き飛ばす。「閉めろ!」とエレベータに叫ぶ。尻餅をつき、ミニスカの前を押さえて半笑いで「見えた?」という形に口を動かしたB子の顔が異常な高速で閉じたエレベータのドアの向こうに消えた。
「お一人様で結構なのですね?」とエレベータ。「ああ。始めろ」と答える。
「では最初の問題で〜す」バカにしたような口調でエレベータが始めた。
ボタンが点滅している。1閉14〜と来た。これはドラマで見たぞ!?
「ルート2」「お見事!」
次はルート5のはず。不正解1問なら落とさないかを確認すべきか悩む。が、ここまでドラマと同じなら確認するべきだろと
「ルート3」「残念! ルート5とお答えいただきたかった!」
某有名司会者の物まねをするところまで一緒だ。これは間違いがないだろう。
次は円周率、次が複雑な掛け算などが入るが、答えは「ゼロ」になるはずだ。
結果は無事正解。ドアが開く。「では通常営業に戻ります。パスワードは“ケ”と“テ”ともにカタカナです。ではまたどこかで」
B子が駆け寄ってきた。「さて、私のパンツは何色だったでしょうか?」
とりあえず無視する。そしていよいよやっかいなことになってきた。「ではまたどこかで」と言いやがった。もう完全に過去の事件と同じ展開だ。いや待て。なんで俺がそんなことを知っている? まあいい。いまは事件のことを考えよう。
いや、待った。事件? 俺はドラマを見て、それでアイツに相談されて…。
なんということだ。この数分、急にあたまがもやもやすると思ったが、別の人格を演じていた? いや、のっとられていたのか?
間違いない。いつのまにか人格を誰かにのっとられて、この事件の関係者に入れ替わってしまっている。パニックで焦っているというレベルではない。エレベータから出て少しまで、私は青年たちの同級生だと思い込んでいた。B子についても「また恋愛ジャンキー?」と思ったが、それはドラマでは放映されていないエピソードだが、私の感情は「同級生B子」に対するものでもあったように思える…。
少し整理が必要だ。確かなことは私はこの事件の世界に飲み込まれつつある。人格をのっとられていたということを含め、もうただの傍観者では居られないのだろう。
この後も事件の再現が続くなら、次はおそらくホテルの別のビルに同じ現象が起きる。そこをクリアできても、3つめのエレベータが暴走した後、ゴミの取り出し口がのっとられ、そこでおそらくは陸上が胴体を切断されて死んでしまう。そして、現在の感じだと私がB子に色恋沙汰で殺されることになる。
ドラマではアレンジとカットをされている場面だ。ゴミの取り出し口に挟まれた段階でクイズが出て正解して助かることになっているが、実際はクイズは出ず、そのまま切断されてしまう。
また、過去の事件から考えるとドラマで全面カットされた「切り刻まれてばらばらになった惨殺体」のエピソードは、現在の状況からすると「B子私に交際を強要してナイフで脅す。その場は取り繕って逃げられるが、A子と私がいい感じになってしまい、狂乱したB子に私が殺される」ことが事件をなぞれば想像できる。
「先生ちょっと待ってくださいよ。無視なんてひどいぃ!」
B子が私を「先生」と呼んだ。(結局皆に先生と呼ばれていたままだった)
なるほど、私がのっとられているときは周りにも学生に見えていると。いや、これはこの事件に関わっている人間が全員「のっとられて」いると考えたほうが妥当かもしれない。さっき陸上君も確か私を「yae」と呼んだ。これは彼らの精神状態の目安になる。また、自分の人格を取り戻すキーワードとして精神にインプットしよう。「yaeと呼ばれたら、私ものっとられている」と。
「私ぃ結構歳上のほうがタイプなんです。先生はどうですかぁ?」ここはいなして時間稼ぎだ。
「いや、歳はあんまり気にしない。普段から派手な下着をはいている子は嫌いじゃないね。光沢のあるイエロー系とか」と軽口を叩いておく。
「やっぱ見えたんだ! 先生結構エロぃぃぃ!」やはり現在のB子に殺されるフラグは私に立っているようだ。
さて、B子のことは後でなんとかするしかないが、ここまでおきた事で最大の問題「人格をのっとられた」件。頭に浮かぶのはドラマのネタとなった事件の中の最大のタブーである「霊能力者」の存在だ。
プロデューサが「まあ、このご時世に、というお話なんですがね…」と語ってくれた「これらの一連の事件に共通しているのはエレベータを中心とした昇降機械と、霊能力者の介在なんです」と。
「霊能力者が犯人なんですか?」と私。
「だろう、と言われています」とプロデューサ。
「霊能力者と名乗る人物が逮捕されたことも何度かありますが、現場に居た人間が急に自首してそうだと言ったり、あるいはそれまでは完全犯罪を進めていたのに突然ボロが出たり、という感じだそうです。また、共通してるのは逮捕された後、トリックを覚えていない、と供述することなんですな」
プロデューサの話を要約すると
・逮捕された後、霊能力らしきものを発揮した人物は皆無。
・トリックを覚えていないが、自分がやったと主張する。あるいは、念じただけでエレベータが動いた、としか言わず要領を得ない。
「また、ここからはさらにおかしな話なんですが」とプロデューサ。
「これらの事件が起きたしばらく後に共通しているのは、強烈な力を持った霊能力者が必ず現れて、まあ、裏の世界やらを中心に暗躍したという記録があるんです」と。
お茶を一口含んで、話は続けられた。
「まあ、我々のような商売の人間にはにわかに信じられない話なんですが、そのエレベータ事件によって得た死者は、いわゆる“生贄”だというんですな。その引き換えとして強烈な霊能力を手に入れる、と。超能力と言ってもいいような。あ、エレベータが使われたのはですね、昔のエレベータって仕組みが単純で、霊能力者にとっては扱いやすく、また、殺傷能力もあり、さらには霊界へのアンテナとなりやすいんだそうです。ワイヤーとか諸々の部品が」
そのときは「へえ」という感じで終わった話だった。また、それがオチではねえ、という話になり、結局ドラマでは「エレベータ会社が出したエイプリルフールのジョークWebページで“我が社の本社エレベータをクラックできたら100億円をを進呈”というサイトが、エイプリルフール終了後も何度も外部から再アップされ続ける。その企業の上層部に個人的な怨恨を持っていた社員が復讐の手口として、同社製エレベータを使っているホテルのエレベータをクラック、身代金要求をいたずらとして軽視しているうちに、人身事故が実際に起きて…」というのがドラマでの犯人像と目的であった。
「しかし、だ」と思わず口に出してしまい、周囲を見回す。周りに人は居ない。ひとまず用意された部屋に戻りつつ考える。
青年にメール設定がされたPCの用意を頼み、また、皆の携帯アドレスをそれに登録したものを用意してくれ、と伝える。では連絡が来るまでそれぞれホテルで用意した部屋にそれぞれ待機することにします。と言って青年は出て行った。業務に多数ノートPCを使っているので、用意はすぐできます、とのことだった。
風呂に入り、ビールを少し飲みながら考える。
この事件の犯人のそもそもの目的はなんだろうか。
1-ドラマを真似た愉快犯
2-霊能力者のしわざ
先入観を捨てて考えると、その2つのどちらかであるように思える。が、1の場合、青年が言うことをすべて信じるなら、青年もエレベータ会社すらも気がつかないようにエレベータの制御系をバイパスして操る必要がある。ドラマと同じトリックだとしたら、だ。
この場合、最も単純に考えると「青年が嘘をついていて共犯者が居る。あるいは集まっている青年やホテルのスタッフ全員が口裏を合わせている」ことが「事象としては成立」しやすい。が、どうだろうか。そのメリットを見つけることができない。
ホテルについてから、従業員が青年に絶対の信頼を置いていることは分かった。彼の母が責任者ではあるのだが、現場からはまあ「若旦那」と信頼され、盛り立てていこう、という気配が伝わってきた。しかし、このことを「宣伝になるかも!」と行っているというのは、彼らの態度からして想像できない。そこまで幼稚な考え方をしている人々にはどうしても見えない。
青年の単独犯行としても疑問だ。あれだけ信頼をされているスタッフ全員を路頭に迷わせかねないことを、彼がする必要があるとだろうか? 家族となにか確執があるのか? いや、A子とのやりとりを見てもそれはいまのところ感じられない。
2の可能性。
霊能力者の存在、というものを簡単には信じがたい。しかし、一般論にしか過ぎないかもしれないが、それは「霊能力の無い人間」のものの考え方でしかないとも言える。「自分に無いものは世の中に存在しない」では考え方が狭すぎる。
では、霊能力者が実在する、と仮定してみよう。
先ほどの「人格をのっとられたと感覚」これが彼らが持つ能力だとすれば成立はする。また、エレベータの制御も可能なのかもしれない。
となると「ある程度の能力をすでに持っている霊能力者が、大霊能力者となろうとして今回の事件を起こした」ならば成立する。
「これらの事件が霊能力者のしわざではないか、という説は一般には知られていないそうです」とプロデューサは言っていた。しかし、犯人が「一般ではない方=霊能力関係者」だった場合、あのドラマから何かピンと来てしまって調べてみたら…はアリとも言える。
自分がのっとられたという、いわゆる心霊体験をしたせいか、心霊、催眠の線を消すことはできない、という気持ちになってきた。まずは事件の様子を見ながら、B子の件を考えなくてはいけない。
B子の事件は、ドラマでは放映されていない部分だから、彼らに予備知識はない。犯人と思われる霊能力者も、ドラマからはその知識は得られないはずだ。
ここまでのB子の行動は偶然でしかないのかもしれない。が、先にのっとられていたときの“恋愛ジャンキー”のイメージ。これはドラマ制作時の「事件の資料」と酷似している。霊能力者が、過去の猟奇事件の資料を調べていたとしたら、一連の事件の関連性から「エレベータの生贄事件にも関連性が有る事件」と推測しないとは言えない。
また、犯人=霊能力者の意図に「私を都合のいいタイミングで消す」ためには、B子を「手段のバックアップ」として使うのが有効と言える。どこまで想定しているか分からない。が、仮に私がこの現場に呼ばれ「犯行は霊能力によるもの」と断定した場合、エレベータ事故を私が回避する可能性がある。また、私を先に消してしまえば、ドラマでアレンジされた部分を知らないこの事件の関係者を“生贄”にするのはより容易になる。いや、私を込みで“生贄”にしようとしているのかもしれない。
まずは、事件の起きる可能性をひとつずつ潰して行くしかない。
青年にメールをして「君とA子さんだけで部屋に来て欲しい」と連絡をした。
2人がやってきた。
「いろいろ質問があるかもしれないが、まずは一通り聞いてほしい」と切り出した。
「いま、部屋割りというかみなさんはどのようにホテルに居る状態ですか?」
「僕と陸上と侍、あ、陸上は落っこちたほうで、侍ってのはもう一人のあだ名です。この3人が同じ部屋に居ます」と青年。
「私とB子が別の部屋で一緒に居ます。同じフロアです」とA子。
「結構です」と私。「この後少ししたら全員にメールを出しますが、理由は説明できませんが、今後私のことは必ず“先生”と呼んでいただきます。苗字はつけないこと」
「はい」と2人。
「また、これまた詳しくは言えませんが、この事件、外部から催眠術を使える人間により我々が操られている可能性が高い。これもメールで書きます。なんかおかしいと思ったら、熱いお茶と冷水を交互に飲むなどして、なんでもいいので頭をはっきりさせるように。運動でもいいかと思います。自信ないですが」
「は?」と青年。
「続けます。あなた方の間で、いわゆる男女交際をしている方はいますか? 大事なことです。正直に」
「知る限り…いません。ね?」と青年に尋ねながらA子。
「居ないスね。A子が陸上たちと付き合ってないなら、B子は無いッスね」
話題のせいか、急にくだけた感じになった青年につられるように
「ちょっと! ありえないわよ! っていうかB子って若い子駄目だっていつも言ってるし!」
「結構。では男性諸君にお伝えください。少なくてもこの事件が解決するまで、A子さんおよびB子さんに絶対に恋愛感情を持たないこと。あとA子さん、B子さんが私に好意的な発言をした場合“お兄ちゃんがネットで調べたらしいんだけど〜”とかのフリで、とにかくB子さんが私に対してイメージダウンするようなことを言ってください。キャバクラ狂いとかなんでも結構ですから」
「ちょ、それって事件になんか関係が?」と青年。
「今は言えません。ただ」
「ただ?」
「これ以上誰も怪我をしたくないなら、言うことを聞いてください」
「わ、わかりました」と青年。
「さて、もうひとつ」と私。
「この建物の名前は〜」
「あ、単純にA館です。他もBCDです」
「そう。ではBCDにお泊りのお客様を、A館に移っていただくことはできますか? エレベータが故障した、などの理由でどうでしょうか。また、今後予約のお客様をすべてA館だけにお泊りいただくことは可能ですか?」
「えーと、部屋数的には大丈夫です。確認しますが今日から1週間程度はA館だけで行けるはずです。あと、移動についてはなんかお食事とか大目にサービスすればこれまでも特に問題には。ボイラーが故障したときとか。部屋の構造ほぼ一緒ですし」
「結構。では、事件が終わったA館にお客様を集めましょう。で、残念なことに人目につきたくはないだろうが、そうそう他人の言うことを聞かないだろう客が居ます。で、お金が欲しいんですが」
「え。謝礼でしたら」
「ではなくて、封のかかった現金、100万円ぐらいありますか? あの方にお帰りいただくために使いたいのですが」
「あ。なるほど。えー。新札の封のは無理かもですが、現金はあるはずです。確認してきます」
「あと、従業員用のはっぴみたいのをお借りしたい。あなたも着てきてください」
青年はほどなく戻ってきた。はっぴを借りる。フロントに向かい、青年に内線で大物政治家の秘書の部屋に連絡を取ってもらう。「重要なご相談が…」という感じで。
なんどかやり取りがあったが、大物政治家に会えることになった。
「挨拶をしたら、あとは任せてください」と青年に告げ、部屋に向かう。
部屋には政治家と、おそらく本物の秘書だろう男性が居た。
「重要な問題とはなんでしょうか? 手短にお願いできればと思います」
青年が挨拶をした後、秘書が切り出した。
「率直に申し上げます。当ホテルにある種の犯行予告が届きました」
「なんだって!」と秘書。
「エレベータジャックとでも申し上げましょうか。このA館に仕掛けられた装置のようなものは排除いたしました。これから他の館にお泊りのお客様をすべてこのA館に移動いただきます。つまり今よりぐっと多くのお客様がこちらの館内に来られます。それで、ご高名な○○先生にごゆっくりおくつろぎいただくのが、恐縮ですが難しい状況に、というわけなのですが」
「なるほど」と政治家。「で、私にどうしろと?」
「いえ、どうしろなどとはとんでもございません。ただ、もしよろしければ、これからこの支配人代行が近隣あるいは隣接県などの温泉ホテルをご案内いたしますので、そちらにお移りいただければと…」
「また、はなはだ急な話だねぇ。その、ご配慮はありがたいですよ。うん。どうだろな君」と秘書に話を振る政治家。私が言っている意図は彼にはわかっているようだ。「人目につきたくないなら、移ったほうが得策ですよ」という。
「その、ゆっくりと、あまり他の客に会わないですむようなところは…」と言いかけた秘書に
「もちろんでございます。私どもにお問い合わせいただいたような条件にほぼ合致するホテルが、○○県の○○にございます。お車ですと1時間はかからないと思います」と青年。さきほどの100万円のニュアンスですでに調べていたようだ。なかなか頭が切れる。
「ではちょっと支配人代行と細かいお話を、秘書の方とお話させていただいて…」と言いながら、秘書のほうにすっと包みを出す。
ちらりと中を確認して秘書が
「これは?」と。
「お車代でございます」と私。
封筒を横から覗いた政治家が「どうも。これはまたスマンね。お気遣いいただいて…」
「いえ、これくらいは。このたびのご宿泊料金につきましては…」
「結構ですので」と青年が話を引き取る。
やはりこのように家業を大切にしている青年が、自作自演の事件を演出しているという線はひとまず消しておくべきだろう。
あとは秘書用の別室で青年と話を詰めてもらうことにして、私は部屋に戻った。
先に青年に伝えた内容のメールを送信していると、ノックの音。青年だった。
「想像以上にうまくいきました!」とちょっと興奮気味だ。
「まあ意図が伝わったということだよね。やはりあの女性は普通の関係ではないということだろう。あと、料金やホテル移動の件、勝手に申し訳なかった。説明をしている時間も惜しくてね」
「いえ大丈夫です! ホテルもそういうことかなと思って電話で打診済みでしたので。では政治家先生を送り出したら、お客様の移動を始めますのでなにかあればメールなり電話なりを」
言い残して青年は出て行った。
30分ほど後「移動がすべて終わった」旨の電話を青年からもらい、B館に3つ部屋を用意してもらい、そちらに移動した。
まだエレベータは喋りだしていない、ということだが、慎重を期して2Fに階段で移動する。C、D館にも同様に従業員に待機してもらうことにした。
私の部屋に青年たち全員に集まってもらう。
・催眠術のようなもので心を操られる可能性があるので、気持ちを強く持つように。
・今後、面倒でも常に男性3人、女性2人単位、または5人全員で行動するように。
そのように指示をした。効果があるかは分からないが、いまはそれぐらいしか対応が出来ない。部屋に戻ってもらい、男性陣にだけ「もし女性2名に恋愛感情を持っている気持ちになった。あるいは逆にもたれていると思ったらすぐにメールをするように」とメールを送った。霊能力者が「若い女性による恋愛沙汰の殺人事件」を再現しようとしている可能性を捨てきれないからだ。
15分ほど後、B館のエレベータが再び喋り出した、との連絡を受けエレベータホールに集合する。
意識が少し朦朧としてきた。彼らが同級生に見えてくる。来た。霊能力者の精神支配が始まった。パンパン、と両手で自分の顔を張って、大声で言った。
「エレベータの主電源を切れ! 全員大声を出せ!」
「はい!」と大声で返事をした青年を皮切りに、みな「わー」とか「うおー」とか叫んでいる。エレベータの主電源が切れると、頭のもやもやが完全に消えた。
もしや、エレベータをアンテナに霊能力を伝える、というのは本当かもしれない。なぜかはわからないが、電源が切れている間は霊能力の利きが弱いようだ。
青年にC、D館のエレベータの電源も落としてもらうよう連絡をしてもらう。管理の装置は各館別になっているそうだ。
「エレベータが喋り出したら、また同様に大声を出して、キツイようだったら顔とか脚とかバンバン叩いて対応しましょう」と皆に告げる。1回目のときは「催眠術」という意識がなかったからかかりが強かったようだが、今回以降はどうやらこれでなんとかなりそうだ。霊能力者の力は、現状ではそのレベルなのかもしれない。だとしたら「生贄で力を求めている」という犯行動機も納得はできてしまう。
「さて、では第二回めのクイズとまいりましょう〜!」
エレベータが喋り出した。1回目のときには気がつかなかったあることに気がつく。ここはその検証に集中しよう。
前回と同じくルール説明のあと、クイズが始まった。
「わーわー! 先生どうしましょう! うわー!」術避けの叫びを入れつつ青年が尋ねてくる。
「ここは私にまかせてください! あなたは皆におかしいところがないか監視を!」と私も叫ぶ。これはいい。完全に自分の意識のままだ。霊能力に対する恐怖のようなものが薄れてきているのかもしれない。
「さあ、点滅するボタン。まずは10回覚えて再現して押してください!」
「ファイアー!」
「ファイアー!」
エレベータと私が同時に叫ぶ。もう間違いない。ポケットからメモを取り出して点滅を眺める。同じだ。ドラマの問題とまた同じだ。「ファイアー!」は2回目のクイズのときにフリーの人気アナウンサーの口調を真似て収録したものだ。音声のピッチを多少変えて有るが、台詞と間合いが完全に一致している。
クイズを正解し、2つめのエレベータも沈黙した。
「携帯のジャミング装置、あるかな?」と青年に聞いた。あれば事件は一気に解決に向かうのだ。
「あ、ありますよ。結婚式会場にあります。でもそれを?」
「取り外せるかな?」
「あの、ラックに載せてあるだけなんで、すぐにもって来れます」
「じゃあそれ持ってきて。あと、エレベータの背面のトランク、あそこを開ける鍵持ってきて」
「あ。はいすぐに!」
青年が戻った後、エレベータのトランクを開ける。小さい箱から細い紐が出ている機械が両面テープで貼り付けてあった。おそらく送信機だ。
「鍵は、これは全部共通かな?」と聞いた。「ええ。うちは面倒なので全部のエレベータを同じ鍵にしてもらってますけど…」と青年。「この機械、なんでしょうね?」
「説明は後でします。まず、B館のエレベータすべてに同じ装置があるはずです。外しましょう。その後、A館も外します。C館からまたエレベータが喋った、という連絡が来るまでに終わるといいが」
「合鍵ももってきましたので、手分けすれば」
「それはいい。とにかく6人同時に行動しつつ、外しましょう」
結局、すべてのエレベータに送信機はついていた。A館も外した後、C館のエレベータが喋り出した。
「第3回目のクイズは〜」
「もう無い」といいつつ携帯ジャミング装置の電源を入れる。音声は途絶えた。
「わーわー。あ、消えた」と侍。
「残念ながら、犯人を抑えることはできませんでした。が、これで確信がもてました。事件は解決です。残りの装置を外しましょう」と青年に告げる。
全ての装置を外した後、私の部屋にまた集まってもらう。
「この事件は、どういうことだったんでしょうか?」と青年が尋ねる。
「詳しくは言えません。ただ、解決はしました。また、再発防止、まあ、しないと思いますが、防止のためにエレベータの電源室の鍵、トランクの鍵を新しいものに換えてください。電源室については簡易な鍵でもいいから、追加もしたほうがいいかもしれない。あと、もし再発した場合は、電源を切って、その間に携帯ジャミング装置をかけた上でエレベータ内を探すと、まあこの手の装置が見つかるはずです。いや、再発はないと思いますが」
事件の背景を青年たちは知りたがったが、それは勘弁してくれ、と説得した。渋々ながら承知した彼らに、青年を残して部屋に戻ってもらった。
「謝礼の件なんですが」と私。
「はい。あの、残りを振り込みますので口座を…」
「いや、逆にお返ししたいんですが」
いえそれは、などと押し問答が始まる。私は返したかったが「返す理由を聞かせてくれ」と詰め寄られ「たいしたことをしていないので」という理由では納得してもらえない、の繰り返しだったため、いただいたものを返すのは諦めた。
「では犯人を捕まえるためのお金に使います」と言い、帰り支度をすることにした。せっかくですからもう少し休んでいっては、などと薦められたが、早く東京に戻ったほうがいいので、と断った。
東京に戻り、1週間ほどが過ぎた。プロデューサからメールが来た。
「この間ご紹介いただいた会社の件ですが、スポンサーの関係で放映が出来なくなりました。お詫びをかねて、先方に一緒に言っていただければ幸いですがご都合は」といった内容。
「いますぐにでも行けますよ」と返事をしたところ、間をおかず返事が来た。携帯からだった。
「では○○時ではいかがでしょう」とのこと。先方に確認をし、OKである旨返事を返した。
子一時間後、都内のあるデザイン会社に私とプロデューサは居た。社長である知人が「いや今日はみな出払ってましてね。お好きなものどうぞ。100円はここに」と。
この会社は「より快適な引きこもり作業」をテーマに、パーテーションや壁の全てをベンダーで埋めてある。ソフトドリンク、酒類、つまみ、ハンバーガーやそばうどんの類まで買える。料金はすべて100円。ベンダーのリース料や諸々のコストにあてるため、無料ではない。古くからの知人が経営している会社の事務所が面白いので、情報番組などで紹介してみては、とプロデューサに連絡をしたのだ。
結果、プロデューサが持っている情報番組のスポンサーと競合、あるいは同業他社のベンダーがずらりと並んでいるのは、情報バラエティとしても放送しにくい、ということだった。
まあ、ねえ、などと雑談をして「じゃぼちぼち失礼しますか」とプロデューサに言ったところ、様子がおかしい。
「どうしました。体調でも?」
「いえあの。すみませんちょっと電話を1本」と立ち上がり部屋の隅に行くプロデューサ。と、エレベータが喋り出した。ドア、兼エレベータ、という構造なのだ。
「目の前で、とは大胆ですね」と私。
「いや? は? なんのことでしょう。っていうか聞いたでしょう! ドラマと同じ現象が!」
「ま、二度とおきないでしょうがね」と言いながら、オーディオの裏に隠しておいた携帯ジャミング装置のスイッチを入れる。
「圏外になっちゃったから。もう無理ですよ」と私。
「え…」とプロデューサ。
「まあ座って話しましょうよ」と言いながら鍵でエレベータを開き、中にある傘立てを取り出して再び鍵をかけた。
「どうせエレベータには乗れませんよ。鍵がないと」と私。
「いやそのまあ、でもドラマと同じ現象がね!」とプロデューサ。
「もういいでしょう。○○県の○○ホテルも、あんただよねやったの」と私。
「な…!」絶句するプロデューサ。
「んじゃ私がわかってること、全部お話しましょうか」と私。
「さっき言ったホテルの息子さんから相談されたんですよ私。あのドラマみたいにエレベータが喋り出したってね。で、言われても困るけど、と思いつつ行ってはみたんですよ」
「で、私もちょっと意識がおかしくなって。人格のっとられたようなね」
「な、何を言ってるんでしょうねyaeさんね。おかしいですよね」と社長に話題を振るプロデューサ。
「いやなんかオモシロそうな話じゃないすか! 聞きましょうよ」と社長。
「あんたが持ってきたあのドラマの話。あれってホントに全部実話らしいね。で、人格のっとられながらも、必死で最初のクイズを解いたんですよ。なんで同じ問題にしたの? ドラマを見ての模倣犯を演出したかったのか、ま、単に音声ピッチを換えるぐらいしか時間がなかったのか」
「音声ピッチ?」と社長。
「あのドラマの」と私。
「ぎ、技術的なことを外部の人間に漏らすのは守秘義務に…」とプロデューサ。
「あのドラマを撮ったとき」と無視して私。
「エレベータの制御系をのっとるためのギミックが必要だった。霊能力者のしわざであることは伏せるということだったから」
汗を拭いて何かを念じるようなプロデューサ。
「私はね。リアリティを検証しないと内容が薄くなるとあんたに言った。あんた言ったね。“その通りです! ぜひ実験をしましょう!”と。熱心な人だと思ったよ。まさかこんなことだとは思わないから」
プロデューサは動かない。
「制御プログラムのエンジニアに取材したとき、あんたいろいろ質問してた。いやに詳しいなと思ったんだけど、まあ、勉強したのかな、と思ってた。で、あーだこーだで理論上可能ということから、低出力でも近くに発信機があれば、無線経由で制御系をコントロールできることが分かった。で、携帯電話のプロトコルでその発信機を動かせるってとこにあんた異常に固執した。“PCでやるより、携帯でコマンド送ったほうが絵になりますよ!”ってね」
「へー」と社長。
「あんたが考えてたのは、ドラマじゃなくて自分が使うためなんだよ」
「そんな無茶な」と半笑いのプロデューサ。しかし、目が笑っていない。
「あんたPCはデスクトップ派でノート持ってない、って言ってたね。で、携帯でメール打つのが異常に早い。携帯得意だよね。PCのアドレスでメールしても、返事は携帯からが多い。まあ、でもそれはね。確かにPCよりは携帯のほうがどこでいじってても目立たないし。それはあまり重要じゃない」とつられて半笑いになる私。
「装置の仕組みが分かってからは、話の整理がついた。あんたは霊能力がある。そして長年かけて調査した“エレベータの生贄”をどうしても実現してみたかった。もっと力が欲しかった。そうだろ?」
「霊能力!? 私が!? 何を言ってるんでしょうねこの人は」
大汗をかきながら、まだ何かを念じているようなプロデューサ。
「あんたのこといろいろ調べさせてもらったよ。国立の○○大学で、情報工学専攻してたんだね。○○ホテルの近くだ。で、卒業まで1年を残して、単位はほとんど取れて、テレビ局の内定もとってたあんたは、エレベータのメンテ会社でバイトをしてた。当時“生贄”のことを知っていたかどうかはしらないが、バイトはしてた」
一息入れて缶のアイスコーヒーを飲む。誰も喋らない。
「いつあんたが霊能力を持ち始め、いつ伝説のことを知ったのかは分からない。ただ、ドラマのプロデューサとして実績を積んで、連ドラ1本は自由にできるとこまで来てあんたはついにこの企画をドラマ化することに踏み切った。私という外部の人間をやとったのは、まあ企画を内部で揉んであーだこーだなるのがイヤだったのか、模倣犯が出たとき、まああんただけど。そんときに局内の人間以外だったら責任かぶせやすいとか、いろいろだろうね」
やはり誰も喋らない。
「あんたは企画の中で“実話を伏せたいところがある”と言っていたね。恋愛ジャンキーの殺人事件の部分。あれは死体の見せ方によってはカットしなくてもいい部分だと私は思った。だがあんたは全面カットにこだわった。ドラマでオンエアすれば、事件を相談された人物はドラマを見て、そこに警戒するだろうからね。しかしだ、再放送を週に2回、というのも異例だけど、あんたテロップ入れ自分でやってるね。まわりには“今回リキ入れてるから”とか言ってたみたいだね。で、入れたのはテロップだけじゃない。サブリミナル映像だ。さすがは技術系あがり、たいした腕だよ」
「サブリミナル…」と社長がつぶやく。
「効果を疑問視する説もありますがね」と私。
「あんた、恋愛ジャンキーの事件に関するエピソードや映像を入れたよね。サブリミナルで。私や会社の名前も入ってた。事件がおきた○○ホテルの誰かがドラマの再放送を見ていて、相談にのった私を恋愛ジャンキーの手口で始末できれば一石二鳥、ということだ。“温泉ホテル 秘書 愛人” なんてものまであった。誰とは言わないがほんとに居たからね。偶然かもだけど。あとは本放送の視聴率を稼ぐようなあおり文句も入っていたが、まああの短期間でよく編集したもんだ」
「わかった」とプロデューサ。「サブリミナルを抑えられたんじゃあ、どうしようもない」とつぶやいた。
「そう。企画書に載ってない。つまり、私とあんたしかこのドラマにあの要素を入れるかどうかを知っている人間はいないんだ。本放送のマスターには入っていない。再放送の編集をしたのもあんただけだ。だいたい、禁止されているサブリミナルを命令されたら、大概の編集者は直属の上司に相談するだろうから。あんたにしかできないんだ」
「他にどこまで知ってるんですか」とプロデューサ。
「あんたがドラマのオンエア後、バイト時代の同僚、まあメンテ会社の今の社長だね。彼のところを訪れて“昔が懐かしい”かなんか言ってメンテに同行したという事実。そんときいくつかホテル回って、ドラマと同じH社のエレベータを使っている○○ホテルにあんたは目をつけた。社長の鍵束から型取って合鍵を?」
「ヤツにあったんですか?」とプロデューサ。
「名物プロデューサの交遊録、みたいな番組の下取材で、と言ってね」
「なるほど」と軽く苦笑するプロデューサ。「他には?」
「あんた1週間休暇取ってるね。ホテルのエレベータが喋り出すちょっと前からだ。他のホテル泊まってたのか、あのホテルかは分からないが、とにかく現地に居た。電源を切られている、と思ったら電源室に侵入して、手動で入れなおしていた、だね?」
「手動とは大胆だな」と苦笑いする社長。
「まあ、エレベータの監視が中心になりますし、通常営業してますから。また、エレベータが喋った段階で“不思議なこと慣れ”しちゃってたのかもしれませんね。ホテルの人も。合鍵が作られている、ということさえ想像できれば話は違ったんでしょうが」
「ひとつ教えてください」っとプロデューサ。
「どうぞ」と私。
「あなたもこの社長も、どうして私の霊能力が通用しないんでしょうね」
「私はね。霊能力者というものにさほど興味を持ったことがなかった。前にも言ったけど」
「ええ」
「で、最初にエレベータが喋って、あんたの術にかかったあと、必死にあんたの術に耐えた後、どうも私にも有る程度の霊能力が有ることがわかった」
「え…?」
「おかしいだろ。でも、そうらしい。あんたにあやつられて目覚めたのかもしれない。とにかくあんたの術は私にはかからなくなった」
「どこで気がつきましたか。私がやったということに」とプロデューサ。
「第二回のクイズがまったく同じ問題だったとき」と私。
「1回目は“ドラマを見ている人間なら、同じ問題が出てくるから安心”と思わせるためのブラフかもしれないと思った。2回目、少し冷静になってみると、あの音声はドラマで使ったもののピッチを変えたものだと気がついた。私にとってもギャンブルだったが、メモを見て答えても問題を変えてこない。ならばこの装置を使っているのでは、と思い3回目で携帯ジャミングをしたら切れた。あんたはエレベータそのものを操るまでの霊能力は持ってない。だからこそドラマでそれを操れる装置を完成させておくことが必須だった。その装置も一度完成してみれば、技術系上がりのあんたには自作することはなんてことはない。そう。この傘立ての中に、きっとあるだろうそれを」
「やっと」とプロデューサ。
「やっと自分で好きに番組作れるようになって、ようやく“儀式”が出来るお膳立てまでこぎつけたのに…」
ふらっ、と立ち上がり、傘立ての中から、ホテルにあったそれと同じ送信機を取り出して、ぱちりと音を立てて、机の上に置いた。
「まさか霊能力者が探偵役に、いや、最初に霊視をして何も感じないと思って安心していたyae氏が霊能力者にとは、ね」と社長。
ん? と何かに気がついたように社長を見るプロデューサ。
「あ、あなたも…」
「この方は警察の方。霊能力の有る方で捜査にも使われるそうだよ」と私。
「え…ということは…」とプロデューサ。
「こんな会社、あるわけねーだろ」と私。
「…」
「全部仕込み。H社のエレベータでドア直結、鍵かけられるタイプのを使ってるビル探して借りて、ベンダーをリースしてこの人に相談した。他の社員は劇団の人。全部仕込み。なにもかも仕込み」
「そんな…」
「○○ホテルで結果を出せなかったあんたは焦ってるはずだ。そこにまた私がらみでまあ、義理で取材に行った会社がH社エレベータ。オンエアを断る理由は十分にある。で、そのお詫びということで私を引っ張り出せば、儀式とやらの成功と、私の始末が出来る。美味しすぎる話ではあるが、いまのあんたなら乗ってくると思ったよ」
「私の敗因は、殺され役を完全に仕込めなかったこと、ですね」と苦笑いを浮かべてプロデューサ。
「あんたが探偵役をやるように仕込んでいたら、完全犯罪成立したかもしれないな。じゃ、行きましょうか」と社長こと刑事。
「仕込むなら全部仕込む。基本だよ。元プロデューサ」