鼻毛を切るのが得意ではない。
洗濯バサミのようなものをつまむと歯が回転して安全で手早く、というものや、さらには電動のものまであるらしいが、回転式は切れずに抜けるのが怖い。それに鼻毛を切るには大げさにすぎる、と思うし(エコロジストを気取るわけではないけどね)
※鼻毛を抜くのを趣味のひとつとして楽しむ方もいるようだが、よしておいたほうがいいです。すごく腫れて(たぶんあなたが想像する5倍ぐらい腫れる)、命に関わることもあるそうです。「まあ人の5倍ぐらい大きい!」と腫れた鼻を見て俗説に思いを馳せるレディもそう多くないと思うし。
なのでレガシーな専用ハサミでちょきちょきと切っている。一度で満足の行く結果を得られることは少ない。ハサミに触れることで、折りたたまれていたり、鼻の穴の中で斜めにつっぱっていた奴らがひょっこり顔を出すのだ。ある種のフレンドリーさを持って。
でも、そのフレンドリーさは皆には伝わらない。“鼻毛 is 鼻毛 That is all. ” だから僕はハサミを片手に彼らを追い回す。しかし、彼らはたくみに身をかわし「切ったか」と思った僕をあざ笑うかのように数分後にはまた「やあ」と現れる。
鼻腔は彼らのフィールドなのだ。それが僕の肉体の一部であったにしても。
さながら忍者のような僕の鼻毛たち。鼻毛忍者だ。エキサイト翻訳にかけてみる。“Nose hair ninja”なるほど。言われてみれば忍者を訳した英語は無く、忍者はNinjaだ。なかなかにグローバル、僕の手に負える相手ではなかったのだ。
※僕が訪れた当時、NYCのリトル・チャイナとリトル・イタリーが切り替わる場所は、道路を挟んだりせずびっちりと隣接していました。
これもなかなか鼻毛っぽいし、グローバル。そうは思いませんか。
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・そもそもで題材が鼻毛では。
・グローバルって…。
・問いかけちゃった。とうとうオチを問いかけて終わっちゃったよ。