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May 19, 2005

夢メモ_2:スラッシュ

「やあ」
店の入り口に片手を斜め上に突き出して女が立っていた。4歳ぐらいの男の子を連れていた。

「やあ、って…」と私。
「座ってもいいよね? 相変わらず流行ってるの?」
「…まあ」
「私ビール。この子はオレンジジュース」
「…ああ」

彼女とは3年ほど一緒に暮らしていたのだろうか。最初はネット上で交流していた。彼女が運営していた写真関係の個人サイトに私が書き込みをして、実は彼女も私の個人サイトをずっと読んでいたということが分かり、交流が始まったのだった。

当初はもちろんネット上だけの関係だったが、やがて彼女の写真、私のショートストーリーのようなもののコラボサイトを作るようになった。彼女の写真はオブジェを作ったり、または街にあるモノや人を「斜めに」とらえるアングルが最大の特徴だった。正方形にトリミングをして仕上がった写真のすべてがその対角線でくっきりと区切られた写真を撮る。サイトの名前は「スラッシュ」だった。

そのサイトがある編集者の目にとまり、週刊誌への連載と、写真集的な書籍の発行を、という話が出た中で初めて彼女に対面した。それまでは勝手に“男勝り”“アーティスト気取りの”的な先入観があったが、会って見てあまりに「女性的な魅力」にあふれている女性だということに驚かされたものだった。写真の勉強を特にしたことはないというし、使っているのも普通のデジカメとコンパクトカメラだけだったのにも驚いた。

一度会ってからは、家が結構近い、ということもあり、週に1度ぐらいは会うようになった。お互いに初対面時に「思っていたより…」というのがきっかけだったと思う。いつのまにか私の部屋から彼女が出勤することも増え、そのままなし崩し的に同居が始まった、ということだった。

恋愛の対象としても、仕事とは違う面での活動のパートナーとしても結構うまく行っていた。同居してから1年ほど経ったころ、我々の行きつけのバー、名前は別にあったが「坂の上」と呼んでいたこの店を私が買い取ることになった。前オーナーが身体を悪くしてしまい、仕入れや通勤などで坂の下と上の行き来がきつくなった、とこぼしていたのを聞いた彼女が「だったらこの人にやらせればいい」と冗談めかして言ったのが本当になってしまった、という感じで。我々のサイト名、かつユニット名であったことと、街の地形にちなんで「スラッシュ」という店の名前にした。

我々が暮らしていたこの街は、十数年前の大地震で「ありえないほどの急勾配」な土地になってしまったのだそうで、そこを再開発した際に「段々畑」状に高層住宅やオフィスが立ち並ぶ形になった。しかしその「てっぺん」あたりの土地だけがフラットなまま残り、この「旧坂の上」もそこに立っていた。3階建てで1〜2階が旧坂の上と別の雑貨屋、上にオーナーの家があったのだが、やはりオーナーが高齢で「不便だ」ということで格安で買うことができた。もちろんまだローンは払っているが。

不便だ、とは行っても商用貨物専用のケーブルカー、観光および一般通行用のエスカレーター群、他の土地に通勤する人々用の超高速モノレールなどもありそう不便ではないが、なにしろ高齢だということと「スラッシュ」から50m先ほどで断崖絶壁になってしまったこともあり「かつてのこの街を知る」人々には「居るのがつらい」場所になったというのが本当のところかもしれない。

以前勤めていた企画会社よりは水商売が性にあっていたのか、それとも壁の1面を特殊アクリル加工に改装して彼女が撮った「スラッシュな」写真で埋めたのが効いたのか、店は予想以上に繁盛した。雑誌やドラマの撮影にもよく使われるようになり、その効果もあってか「起きている時間と仕入れ以外は常に店に居る」ほど忙しくなった。向かい側の小料理屋の主人とともに仕入れに「下の街」への行き来するときに雑談をする以外は「お客さん以外としゃべる」こともほとんどないほどだった。彼女はまだ以前の会社に勤めていたので、生活時間帯もズレが出ていたし。

そんなある日、編集者と一緒に店に彼女が帰ってきた。新しい企画の相談を、というので翌日彼女が休みであることもあり、深夜というか明け方に閉店した後、3人で話をした。

簡単に言うと「まったく撮りおろし、書きおろしで新しい書籍を出して欲しい」という話だった。しかも、国内を旅しながら「日本」をテーマにしたもので、ということ。
「お話としては面白そうなんですが、店が…」という話をした。と、編集者が
「それはまったく仰られるとおりです。で、ご相談ですが、来週からでも私どもが“この人なら間違いない”と選んだ女性2名のバーテンを連れてまいります」と。
要はしばらく彼女らを使ってみて、問題ないと判断したら1ヶ月間店を任せて、その間旅行と撮影と執筆を、という話だった。店の売上は通常通り「スラッシュ」の収入となり、彼女らの人件費は一切出版社側で持つ、とのことだった。

条件としてはまあ悪い話ではないと思った。彼女の気持ちを聞いてみると
「ぜひやってみたい。会社もちょうどボーナス休暇を使える勤務年数になったのし」とのこと。

では、ということで1ヶ月の準備期間兼、バーテンダーの試用期間が始まった。2人、とだけ聞いていたが実は双子だった。バーテンダー用のベストを着ているのだが、赤と黒の色で見分けるしかないほど似ていた。口元のほくろの位置が左右対称なことに気が付いて、それも見分けの材料になるか、と思ったが、それは「見分け用に」とある時期から始めたメイクだそうでたまにメイクやベストの色を交換して私が混乱するのを見ては笑っていた。そんな私たちを見て彼女も笑っていたが、後にして思えば作り笑いだったのだろうか。

「美人の双子バーテンダーが」ということで、さらに客は増え、開店から閉店まで満員、立って飲む客や外で飲む客までも、ということになってしまった。まあ、これほどの客をさばき、性格面もまったく問題がない、ということで、そういう意味では安心して撮影旅行へ、と彼女と出発した。

最初の数日間は「疲れがあるから」と彼女が気を使ってくれてスローペースで移動、撮影をしていた。2週間目からは私もだいぶ元気になり、いろいろなことを話しながらストーリーのネタのきっかけに、と思っていた。
しかし、初日からなんとなく感じていたことだが、以前のように彼女との会話のやりとりが出来なくなっていた。共通の話題がほとんどない。同じ家で暮らしていながら「2部入れ替え制」とでもいうような生活になっていたせいか、同じものを見ていない。テレビやそういうもの、という意味だけではなく、人生のすべてにおいて彼女と私はすでに同じものを見ていないのか、そんな感じさえした。会話もぶつ切りになるというか、ひとつの話題について二言三言やりとりをすると、その先が続かなかった。

編集者からは「今回はロードムービーのスチル版のような」という提案があり、それをリアルな時系列で撮影し、書く、という行為をしていた。やがて、お互いの写真や文章に「男女のすれ違い」のにおいがし始めた。私はストーリーの流れを変えようとしたが、そうしようとすると手が止まってしまう。彼女が撮った写真にも、いつもの「クールな構図だが人間味にあふれる」という特有の作風という感じではなく、暗い色や空気が感じられた。

あと2日で撮影が終わる、という朝。ベッドに彼女の姿はなかった。置手紙もメールも何も無かった。が、彼女が自分の意思で消えたということは分かった。その旨たずねるメールを出したが、アドレスが変わっていた。携帯そのものもすでに解約されていたようだった。

私は残りの2日間は予定通りの場所に行き、ストーリーを書き続けた。1人になることが予定通りだったかのような自然さで。家に帰ると、彼女の服や、大切にしていたものが無くなっていた。

不思議なほど、彼女を探そうという気にはならなかった。本当に気が付かないうちに、私の中から彼女への愛や、いろいろな思いが「無くなっていた」のだと思った。嫌いになったとかそういうことではなく、ただ「無くなっていた」。彼女はそのことに撮影旅行中に気が付いたのか、もっとずっと前に気が付いていて、最後の2人の作品と時間のために旅行に行ったのかもしれない。いや、たぶんそうなのだろう。

数日後、残りの写真が送られてきて、本は無事に出版された。「新しい作風」ということで絶賛されたが、その評価のほぼ100%が彼女の写真に対してのものだ、ということは肌で感じた。直接酷評されては居なかったが、私のストーリーについては否定も評価もされていない、という感じで。もしかしたら編集者が手を回していたのかもしれない。数年前から、いや、最初からうすうす気が付いてはいた。世間や編集者が求めていたのは彼女の才能であり、私は「スタイルとしての新しさ」のための人間だった。私でなくてもよかったのだ。いや、世間ではなく、彼女にとってもそうだったのか。作品にも生活にも私が彼女の相手である必要が無かったのかもしれない。そんなことも思った。

双子が店を去ってからも、店は順調だった。客として2人で顔を出してくれることもあった。半年ほど後、ある日1人でやって来たほうと関係を持った。しばらくそれは続いたが、突然に「時々2人が入れ替わっているような」気がしてならなくなり、関係をやめた。後で編集者がちらっと口を滑らせたのだが、やはりそうだったらしい。

「うまい! やっぱりあなたの生ビールは日本一だよ。で。帰ってきましたよ」
「は?」
「突然の失踪からちょうど5年の歳月を経て愛しい私が帰ってきたわけですよ」
「は」
「冷却期間と申しますか。まあ、頭を冷やして考えて。やはり私にはあなただと思いまして。で、まあ3年間ほど米国で写真修行もしまして。写真、語学、料理と女を磨き上げて再びあなたの愛を独占しようとさっき帰国」
「はあ」
「ダメでしょうか。ま、まさかあなたダマで結婚とか…」

話が急に飛ぶのは昔のままだ。そんな彼女のものの言い方を聞いているうちに、私の中にも彼女に対する気持ちが普通に、それこそ「やあ」とでも言うように帰ってきたように思えた。

「その子は?」
「っていうかまず明日病院でエイズその他の病気の検査をしてちょうだい。私はあなたをそこまでは信じてない。ていうか期待してないし。いいから別にソレは。双子でも三つ子でも誰とでも何回でも結構」
「いやいや。まあ、その」
「で、健康チェックと同時にDNA検査をしてちょうだい。この子と私も。あなたはデータがないと信じないだろうから。で、認知よろしく。入籍とかは別にすぐじゃなくていいし。ヤだったらいいし。もち子供が居る以上、私以外との結婚はちょっと困るってかそれはぶっちゃけ腹に据えかねますよ、と」
「はあ?」
「えー。実は最後の数ヶ月。あなたをだまして妊娠にトライしていました。子供が出来るかどうかも、1人になっての時間であなたのことをどう自分が思うだろうかも、そのどっちも賭けだった。賭けてみたかった。うん。で、この子は正真正銘あなたと私の子供です。DNA検査で証明されますけどね。私は他でそういうことしてませんから5年間。あ、申し訳ないが名前は私が付けさせてもらった」

なんだかよくわからないが、彼女らしいといえばらしい。というよりまあ、全部本当の話だというのは分かる。嘘をついているときの顔じゃない。しかし子供とは。まあ、いきなりすぎるが、そう悪くない気がした。

「あ。この子日本語ほとんど喋れないから。親子の会話は原則英語でよろしく」
「へ?」

Posted by yae at May 19, 2005 02:29 PM | TrackBack
Comments

普通にショートショートとして読んでしまった。
面白かったです!

Posted by: at May 20, 2005 02:39 AM

>鷹さん
オチはないですけどねw
個人的には夢の中の女性が「どっかで見たことあるような気がするが思い出せない」というもやり感があるですよ。

Posted by: yae at May 20, 2005 01:07 PM

なんだかほろりと泣けました・・・。
短編集つくれそうですねぇ。

Posted by: smileless at May 20, 2005 07:46 PM

>smileless さん

お楽しみいただけたようでなによりでございますが、お金を払ってまで読む水準ではないと思っておりますw はい。

Posted by: yae at May 20, 2005 10:00 PM
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