学校に行こうか、家で仕事をしようか、それとも黙って寝ていようかと悩む。
この星に移住してきてから、人間の体質と暮らしはずいぶんと変わったのだそうだ。地球に住んでいたころの人類は、もっと身体が成長するのが早く、寿命も短かったらしい。性別も固定されていたらしい。
今の人類は寿命は200年ほどあるし(時間の単位は地球と同じものを使っている)、身体の成長が遅いせいか学習能力も低い。性別も途中で何度か変わる人も少なくない。そんなことから、学校に行きながら働いている人も多いのだが、見た目は地球で言う小中学生ぐらいなのに年齢としては30歳を過ぎているのだ。性別が変わっても、自分として気に入っていたほうの性に早く確実に戻したいために性転換をする人も結構居る。地球で暮らしていた人類とは、何もかもが違うのだ。
階下で母と幼なじみの男性が話をしているのが聞こえる。
「今日は学校に行かないみたいよ。行くときはもっと早く起きてくるから」
「そうですか。仕事するのかな。とはいえ、彼はいまあまり仕事が無いと噂で聞いています。もしかしたら元の陶芸業界に戻ろうとしているかもしれませんが、もう10年ほどブランクがあるでしょう。無理じゃないかな。じゃあまた寄ってみます」
彼も私も以前は「商業陶芸」という仕事をしていた。顧客のオーダーを聞いて焼き物を焼く、という仕事。その中でも私は職人として人気があり、ある顧客の薦めで「芸術陶芸」という「注文を聞かずに焼いたものを買いたい人が居れば高額で売る」というやり方に変えた。一時期は爆発的に売れたのだが、いまは星全体の景気がよくないこともあり、また、そもそも芸術陶芸自体が下火であることもあり、あまり仕事がない。このままではまたどこかの工場で商業陶芸をやったほうがいいか、と思っていたのだが、彼の言うように、一度その業界を離れた人間が簡単に戻れるほど甘い世界ではないのかも知れない。
歳が離れた従兄弟からメールが来た。もし暇なら仕事を手伝って欲しい。日給はちゃんと払う、とのこと。車などの解体工場を経営しているのだ。家に居ても気が晴れないので出掛けることにする。
従兄弟の姿が見えない。どうしたものか、と思っていると、工場で働いているちょっと時々おかしい人(薬物の影響らしい)が少年達(と言っても歳は解らないが)と口論をしている。と、男が大きな包丁のようなもの、何かの工具だろうがそれを持って少年達に斬りつけようとしている。危ない。
「マサさーん!」と叫んでは斬りつける。というより叫ばないと斬りつけない。何かの呪縛に取り憑かれているかのようにも見える。
少年達もその「癖」に気が付いたのか、タイミングを見計らって反撃を始めた。ハンマーのようなもので殴りつけている。男は手足がもうぐだぐだになるほどのダメージを受けているが、まだ「マサさーん!」と叫んで斬りつけようとしている。危険な作業をする人が飲む「無痛薬」を飲んでいるせいだろうか。無痛薬は基本的に副作用や中毒性は無いと言われているが、この人がたまにおかしいのは無痛薬のせいではないか、と周りの人が言っていた。まあ、医療技術が相当昔とは違い「脳さえ無事ならなんとかなる」とこまで来ているし、無痛薬を派手なケンカのために飲む連中やアンダーグラウンドの殺し合いに近い格闘技まであるというのだから、男もそれぐらいのつもりでやっているのかもしれない。
と、初年達が塗料か何かの一斗缶を男の頭に被せて、殴り始めた。これはマズイ、心停止から時間がたったり、脳そのものを破壊してしまっては蘇生出来ない。思わず「やめろよ!」と叫んでしまう。
目撃されたことに気が付いた少年の一人がこっちに走ってきたのと、従兄弟が現場に入ってきたのはほぼ同時だったろうか。作業用の装甲具+腕力強化服のようなものを付けていた従兄弟には少年達の攻撃が効かず、あっという間に追い払いそうになっていた。が、少年の1人が、仲間が止めるのを聞かずさらに従兄弟に襲いかかろうとした。しかし、従兄弟は近くにあった「壁を壊すような機械」を取って少年の胸に打ち込んだ。機械が動作する大きな音に合わせて少年の身体がガクガクと揺れる。無痛薬を飲んでいなかったのか、いずれ心臓そのものが破壊されただろうし、即死したようだ。法律上は正当防衛になるのかもしれないが、この星では寿命が長く、医療技術が発達しているせいか「命を奪う」ことは正当防衛と見なされない判例もたくさんある。マズイことになった。
何を思ったか少年達はそのまま走っていって近所のパン屋を襲った。ここは昔私の家の近くに店を開けていて、こちらに引っ越してきたのだ。幼なじみの女の子が居るはずだ。
少年達は店の中を滅茶苦茶にすると「俺達は○○の身内のもんだ!」と私や従兄弟の名前を口にしている。店の人は驚いて「訴えよう」とか口にしている。移民が多いので窃盗や建物を壊すことも地球よりは大きな罪になるのだそうだ。そのことを計算に入れての行動だとしたら、こいつらただ者じゃないかもしれない。と、少年達は私を捕まえて、車に押し込んだ。抵抗したが、多勢に無勢という状況でどうにもならなかった。
車は町はずれの闇医者と噂の病院前に停まった。
「コイツを女に性転換して顔も整形して別人にしてくれや!」と言っている。この星では本人の認識を「映像」でしている。名前を変えてもソレで認識する。経年変化はPCが自動補正をするので誤認されることはない。性が変わってしまっても、数日は顔が「認識できないほど変化」はしないので、役所でデータ登録をし直せばいいのだ。
逆に言うと、そのデータを再登録できないほど顔や身体が変わってしまうとやっかいなことになる。「身元不明人」となり、社会保障が一切受けられないし、そもそも家族も「データありき」で家族であるかどうかを判断しているのだ。住むところがなくなる。この星で泊まるところもなく、病院に行くこともできないという状況では、いつ死んでも不思議ではないのだ。ヤバイ。
と、医者は私をちらりと見て「必要ないと思うが」と言った。どういう意味なのかは解りかねた。少年達も同様だったのか「とにかく何でもいいからやってそいつを街に放り出しておけ!」と言って金を置いて帰って行った。
「さて。どうしたもんかね」と医者。「君、自分で知っているかい? それとも知らないのかな」と続けた。
「どういう意味でしょうか」と尋ねる。と
「うん、知らないんだな。解った。教えてあげよう。君は、元々女性なんだよ」と。は? と思う。私は生まれてから「性が変わった」ことはなかった。もしかしたら記憶がないほど子供の時にあったのかもしれないが、親に言われたことはない。1人っ子なのだが、家に女子用の子供服も無かった。
「アレだ。よほどの事情があったんだな。本人も知らないとは。お父さんは? 亡くなった。そう。じゃあお母さんも言いにくいかもねえ」
と言いながら医師は小型のメスのようなドライバーのようなものを持って私のところに来て、頭頂部を眺めている。
「ほー。こりゃ大したもんだ。復元も・・・出来る仕様か。なら一回やってみるか。どうだ、君自分の本当の姿を見たくはないか? 元に戻ることも出来るし」と言う。
よくわからないが「お願いします」と言ってみる。
「痛くは・・・ない、はずだよ。よっと」と言って医者は私の頭頂部をその器具でつついた。と、バラッと皮が剥がれた? いや、なにか厚さ1cmほどの着ぐるみのようなものが取れた。
「お。これはまた意外だな。ほら。鏡を見てごらん」と医者。
女だ。中学生ぐらいに見える女子が立っている。しかも少し肌が浅黒い。前にテレビで見た「インド」という国の人に似ている。
「君、元々女性だねえ。ご家族は旧国名でいうと何系? 日本! そうかあ。ちょっとこのスキンを借りますよ。えーと医療保険検索を・・・。一応ね、保険は使えるんだよね無免許医なんだけど、前の人の端末を拝借しておりましてね。あー。旧日本系で登録されているねえ。男子で。30歳か。ほうほう。ご家族は・・・あーこりゃ完全に旧日本系だね。骨格がね。そう。骨で解るンだ私は。だからスキンも見破れるんだ。まあ、いまではこういう研究をしている医者なんてこの星には他に居ないから安心しなさい。こりゃー、なんか家庭にご事情がおありで、それで隠したね。君を。ふーん。アレだ。性欲とかはどうなの? 女性に対して? 凄いねこのスキンは。そこまで変換をねえ。あ? あそう急に恥ずかしくなったと。こりゃ失敬。その手術用の服みたいのをひとまず着てくださいよ。ほー。脳になんか作用する働きもあったんだねえ。うーん。これねえ。軍事技術だね元々は。うん。それでこのスキンを作ってある」
医者の説明は続いた。要は「外見も機能も精神も男性」と本人にすら誤認させるような「皮(医者はスキンと呼んでいた)」を物心付く前に被せられたらしい。もしかしたら記憶そのものを作り出していた可能性もあるが、私には女性としての記憶が一切ないので、おそらく赤ん坊のときだろう、とのことだ。
「スキン着て帰ってもいいけども。あの連中にまた見つかるとやっかいだな。えー通常連中が言った様な手術はまる2日かかるんで、そうだな。親御さんと連絡をして、どこかに隠れていたほうがいいね。この電話使いなさい。私はね、どこの組織ともつながりを持ちたくない。なんで免許も取っていない。だから誰にどのような事情があっても関心がないし、誰にも言わない。だが暴力は嫌いなんでね。君の味方をしよう」とのこと。助かった。運が良かった。
電話の相手の認識も顔の映像で行う仕組みなので、医師が氷枕のようなものに「スキン」を被せて認識させてくれた。いままでの自分の顔がそこにあるので気味が悪い。親と話した。「・・・そういうことならお会いしてから全部お話します。ひとまず車で迎えに伺います」
とのこと。言葉遣いが堅い。医者が言うような特別な事情があるのだろうか。
母親が持ってきた服に着替えて、ひとまずホテルに泊まることにした。この場合、親と名乗る人間の認証しかされないので問題なく泊まれた。
母親が話すには、私は地球の某王国の王族の末裔なのだそうだ。革命で国が無くなりそうになり、加えて世界大戦が起こり、この星に移民をする人が急激に増加した時期に本当の先祖が逃げるように移民してきて、身分を隠しながら生活を続けてきたと。一族は移民後もどこかの星で王家復興を目指しているのだが、旧革命派や戦争敵対国家との因縁が長く根深いものであるため、とにかく身分を隠しているのだという。
また、私はこの星で生まれた人間の子供なので、地球人の特徴は遺伝子からほとんど消えていると。なので、勝手に性が変わったりする可能性もあったのだが、ひとまず「性別と外見を変えて身を隠す」「出身国が別の人に見える」ためにスキンを被せられ、旧王国と戦争的にまったく因果関係の無かった国の一つである旧日本系の人間で子供が出来ない体質の夫婦に預けられたのだという。父も母も「職業として」私を育ててくれたのだそうだ。
「それで、これはあなた様が女性であることを自分で知った時にお伝えする決まりなんですが、あなた様には双子の妹様がいらっしゃいます。あのパン屋の娘さんなんです」とのこと。彼女も同じ理由であのパン屋に預けられたのだが、赤ん坊のときにスキンとの適合が悪く、危険ではあるがやむを得ず女性として育てられたのだという。結果幼児の時に一度男性に自然性転換したこともあり、そのときに皮膚の色が白くなり、また女性になったときに顔立ちが変わったため、見つかる心配がなくなったためそのままの「素の姿」で生活しているのだそうだ。本人にそれを告げるのは、私が女性であることを自覚したときに私から言うということがこれまた決まっているのだという。
翌日、今後どうするかはひとまず考えると私が言うと、ではいずれ引越をしますので、準備を、と母親(役の人、なのだが)は帰っていった。しばらくして役人風の男と一緒に戻ってきた。まずは緊急を要しますので、と男性が私に「顔を登録する機械」を当てて端末を操作している。
「ひとまずこれで、外を歩いたり買い物をしたりが出来るようになりました。病院なども大丈夫です。あなたは旧地球からの長期留学生ということになっています。いまのところ永住権コードまでをいじることが出来ませんので、仮に、です。本当は整形をしていただくのが一番安全ですが、旧○○王国の直系の末裔の方にそれは我が星の政府としてはお願いできません。旧○○王国と敵対関係にあった旧地球の国の人間もこの星には多くおります。率直に申し上げまして、あなたがた姉妹を殺害することを目的として送り込まれているはずです。我が星は政治的に中立ですが、殺害事件を見逃すわけには行かない、という観点から移民されてきたときからあなたがたの側を支援させていただいておりました。今後もその姿勢は変わりません」
と言って男は帰っていった。帰り際に「男性用、女性用」の新しいスキンを置いて帰って行った。前のもまだ使えるそうだが、どれを付けてどう生きていくのかはお任せします、とのことだった。女性用は色が白くて、またえらくスタイルが良くなりそうな形をしている。「こんなのを着たら、殺害じゃなくて違う目的で要らない男に声を掛けられそうだ」というと、母親が「いまでもとてもお綺麗ですよ」と笑っている。「いや、皮膚が茶色いのがどうも」と言うと「素敵ですけどねえ。あまりこの星には居ないじゃないですか。昔は居たそうですが、数代するとみな白くなるんですって」とのこと。やはり目立つのは危険、ということもあり、新しい男性用のスキンを付けて買い物に出掛けることにした。
ここ数年流行している「男女共用で着れるタイプの服」がなにかと便利そうなので、まず買うことにした。これは主にレザーで出来ていて1枚の服というよりパーツの組み合わせで服となる仕組みのもの。手足用、胴体用の長いもの短いもの、帽子のようなものから覆面のようなものもある。これらをベルトで身体に縛り付けて着るものなので、サイズなども結構調整が効くし、色の組み合わせなどが楽しめるため人気なのだ。
試着ルームには選んだパーツを身につけると、それを基本に「私服用」「ビジネス用」「クール系」「フェミニン系」などの様々なパターンで「お薦めコーディネートパーツ」が映し出される端末があり、それを触ると現物を店員が運んできてくれる仕組みになっている。黒の光沢のあるエナメルとレザーに身を包んだ長身で筋肉質の男性が「さあどんどん! どんどん試着しちゃってください試してみてくださいフォー!」と叫びながらパーツを配っている。隣で試着していた男性がベルトを解かずに無理にパーツを外した(脱いだ)のを見て「あなた! そこのあなた! ベルトを外して下さいもっと丁寧に服を扱いましょうよ! 服が泣いていますよフォー!」と注意をしている。
なんだかんだで数セット着回しが出来るようなパーツを買ってホテルに帰る。ほとんど現金で買い物をする人は居ないのだが、実際クレジットよりも現金のほうがブラックマーケットでは効力を発揮するため、現金で買い物をして文句を言われることは滅多に無い。が「あまり堅気ではない」と思われる可能性もあるため、今後は細かい買い物は母に頼むべきだろうな、と思いつつ、それぞれのスキンを着ては買ってきた洋服を付けてみる。文字通り二度手間三度手間で結構時間がかかったが、どのスキンでもなんとか行けそうだ。覆面タイプの帽子も買ったのだが、これを付けていても顔の映像認識は出来る(覆面の形状を自動除去する仕組み」し、最近の携帯電話は通りの向かいの人の顔まで認識できるし、情報を登録して有ればその人が近くに居ることを自動で教えてくれる機能まである。その手のモノは暗殺者が当然持ち歩いているだろうから、油断は出来ない。
今回の男性用のスキンも、着れば「男性的思考」が働くのだが、一度スキンを脱いで「本当の自分」が解ってしまっているため、また、それが女性であるためにどうも着たり脱いだりすると疲れる。また、部屋の中に居るときはあまりスキンを付けたくなくなってきているのも確かだ。折衷案、ということで、外見的にあまり気乗りはしないのだが「グラマラスな色白女性」のスキンを付けることにする。このあたりは旧アジア系の住民が多いし、母と一緒に居ることに違和感が無いようにするためか、やはり旧日本系の顔をしている。スキンは冷蔵庫のような保冷式のロッカーから出すのだが、それを着るとその「作られた情報用の」携帯電話や、そのスキンの人物の「設定」がロッカーの前のモニタに写る。年齢は・・・65歳。あー適齢期だなあ。これはヘンテコなナンパが多いよ絶対、とちょっとブルーな気持ちで街に出る。男性のスキンや、素の自分で歩くときと違い、胸がゆさゆさ揺れるのも違和感がありまくる。座れば机に胸が乗ってしまうし、それをまたみんなチラチラ見るし、違うスキンが欲しいけど、これ絶対高いはずなんで我が儘は言えないわよね、などと思う。
前の自分の家に行ってみる。もう空き家になっているはずだ。と、私が男性として暮らしていた時期に作った芸術陶器や作品の写真集などがドアに打ち付けられている。罵りの言葉も落書きされている。あの連中の仕業だろう。しかし、これは過去に結構な値段でオークションに出ていた作品なので、連中が買い取ったのだとしたら、ちょっとあの年頃の人間が自由に使える金額ではないはずだ。バックに何かの組織が付いているのか。あの連中はもしや旧敵国側の人間で、たまたま男性だった私とトラブルを起こしたのかもしれない。素の姿で外を歩くのはやはり危険だ、と思う。いまはまだスキンを映像サーチャーでは見抜かれないはずだが、どのタイミングでお互いの「技術戦争」が逆転するかもわからないし、ひとまず転居先の連絡が来るまではこのへんをうろつくのは辞めようと思う。他の星に引っ越すのは手続きがたいへんだが、それも考えないといけないかもしれない。
などと思っていると「あの・・・」と後ろから声がした。パン屋の娘、つまり妹だ。配達にでも来たのだろうか。
「あの、ここの家に住んでいた○○君(前の私の名前)のお知り合いでしょうか? 陶芸の関係とか、学校とか・・・」と言う。
ええちょっと陶芸関係で・・・とか適当に言うと
「どこに行ったかご存じ無いですか? 地元のギャング系とのトラブルがあって・・・亡くなったんじゃないかって噂なんですけど・・・」
なるほどそういう噂になっているのか、と思いつつ「そうなんですか。ちょっと仕事の件で連絡が取れないので来てみたんですが」と言ってみる。
「そうですか・・・子供のときからよく遊んでいたので・・・」と少し涙ぐんでいる。かわいそうに、とは思うが、いまこのタイミングで正体を明かすわけにはいかないし、スキンを脱いで前のスキンを着ないと絶対に納得しないだろうから、話を切り上げてホテルに帰った。しばらくはこのスキンを着ているしかないかなあ、と思う。