古い民家に暮らしている。親兄弟、兄弟の嫁や夫なども居る大家族暮らしだ。(現実の家族とは顔も構成もまったく違っていた)
最近、家族の様子がおかしい。明るい顔で「そろそろ死にたいですね!」などと言い合っている。なんかそういうギャグでもTVで流行っているのか、と放っておいたが、姉の夫が数日間白装束に奇抜なメイクで暮らしている。やり過ぎでは? と思っている数日のうちに本当に死んでしまった。
警察や役所には自殺ということで処理をしたようだが、葬式などの間も誰も悲しそうにはしていない。また1人白装束で、死んだ兄と同じ格好をしている人がいる。まさかな、と思っているうちにまた死んだ。
こんなことを繰り返しているうちに、仏壇というか葬式用の祭壇(?) のようなものの後ろに、死んだ人々が見えるようになってきた。けらけらといつも笑っていて、楽しそうと言えば楽しそうなのだが、狂気も感じる。
母が「お前にも見えているのかい?」と聞く。「ああ」と答えると「良かった良かった。これで後継者に悩まずに住むよ。あと、ケイコ様は見えるかい?」と聞いてきた。
ケイコ様? と聞くと、「ほら、一番真ん中のお仏像があるだろう。老婆のような顔をした。あそこに若くて綺麗な女性が見えないかい?」と。言われてみると巫女のような顔をした女性がにこにこしながらこちらを見ている。
「私がケイコです。見えますか? 聞こえますか?」と話しかけてくる。「ええ…でも、あなたはどなたですか?」と聞く。
「ああ見えますか。お母様よかったですね。さて、私はいわゆるこの世とあの世、また魑魅魍魎魔物の類の世界を自由に行き来することができる存在です。それらの均衡を保つための役割をする特殊な種族なのです。人間ではありません。神というものでもありません。ただそういう者、とお考えください。で、私達の種族は人数が少なく、人間の中から選ばれた人々にこの役割を手伝っていただいているのです。あなたの血筋は代々その素質を持った人材が“出やすい”のですが、ここ数百年は出ませんでした。久しぶりに“出たかもらしい”というので、今回このようなお身内に続けて亡くなっていただくというテストをしました。テスト兼、ご家族の生命力をあなたに凝縮するための行為でもあるのですが」
なんのことだかさっぱり解らない。この後も延々と説明は続いた。要約すると
・この役目は日本では「陰陽師」と呼ばれている。別の意味、能力の陰陽師も存在するが、便宜上この役割の人材も「陰陽師」と呼ぶことにしている。
・陰陽師を輩出した家族は、陰陽師在職中およびその死亡後200年、経済的に逼迫することが無いように「不自然すぎない形」での配慮がされる。宝くじが当たるとかそういう「ツキに見える」配慮が続くとのこと。なので、パチンコや賭け事などは時間が空いているときに積極的に行うこと。日々の生活はそれで足りるようにしてあるとのこと。
・現在勤めている会社、職業については「極めて円満に」辞めることが出来るようになる。日本全国を飛び回ることになるため、前職を「独立してやっている」ように世間には見えるようにするということ。私の場合はフリーライターという形になるとのこと。実際にはその仕事はしないで陰陽師としての空き時間はギャンブルをしていること。
・金属で出来たものは陰陽師の力をアンテナ的に放出してしまうため、できるだけ身につけないこと。
だいたいそういうことだった。で、これから基礎訓練に入るとケイコ様が言う。
「まずはこの仏壇の前に光の幕が見えていると思いますが、入ってきてください。普通の人はまず幕が見えていませんし、能力が弱ければ入れません。弾かれます。また、入ることが出来ても物凄く疲れます。立っていられないほどですね。その中でどれだけ長時間普通に暮らせるか、がまず基礎訓練の最初です。さあこちらに来てください」
とのこと。入ってみる。ちょっと体全体が痒いような感じがしたが、問題なく入れた。別に疲れない。ただ、中で出来ることが死んだ家族と雑談したり、ケイコ様を交えてトランプをしたりするぐらいなので退屈だ。
「どうですか?」とケイコ様。「疲れはしませんが、その、なんというか暇です」と答える。と、ケイコ様はけらけらと笑って「暇ですか。たいしたものです。そうですねえ。あと私がして差し上げられるのはいわゆる性行為ぐらいですが。されますか?」とのこと。冗談では無い。人間の形はしているが人間ではないと解っているものとそんなことを。しかも仏壇の中で家族が見ている前で。ありえない。
いえそれは結構ですと断る。と、またけらけらと笑って「もう少しお色気のある姿にしておけばよかったかしら。それはともかく、では次の訓練に移って問題ないようですので始めますね」とのこと。今度は縁側の外に「魔物の世界」への幕を作るので、そこから入ってみて欲しい、とのこと。人間の単位で4〜5km歩いた先に今日の日付が書かれた「陰陽師基礎訓練」と書かれたお札が貼られた木があるので、それを剥がして持ってきてくれとのこと。やはり疲れるかもしれないので、疲れを感じたらお札を剥がさずに帰ってくること。お札を剥がした帰り道は魔物が襲ってくるようになるので退治するように、と。退治はこれから渡す短い木を手に握って「倒れろ」と念じて手を伸ばせば倒せるとのこと。
「倒れなかったらどうなりますか」と聞くと「お札を剥がすことが出来た段階で相当に能力が高いというレベルに達しています。倒せます。というより倒せないと思ったらダメですよ」とのこと。
ひとまず魔物世界への壁を通ろうとすると「開け、と強く念じてくださいね」と後ろからケイコ様の声がした。はい、と返事だけをしてそのまま進む。
幕を通ると、いかにも魔物が出そう、という薄暗い森の中に出た。確かに今度は少しだるい感じがする。が、歩けはする。お札を見つけた。剥がす。とたんに魔物っぽい声が聞こえる。結局4〜5体を倒して幕から出た。魔物を1体倒すごとに疲労感は増した気がする。
「お疲れ様でした。ご立派でしたよ。では、今日はもうお休みください」とケイコ様が言う。仏壇から出てそこにあった布団に倒れこむようにして眠る。
「起きなさい。起きなさい」と男性の声がする。と、黒い着物を着た50がらみの男性が居た。彼に起こされたらしい。周りを見回すと、仏壇などは無い、というか家具がまったく無い。間取りは同じだが、あるのは布団だけだった。
「君はいま、言ってみれば夢を見ていたんだ」と男性。はい? と答えると「ケイコという者に会って、訓練をしただろう。あれは人間で言う“夢の中の”出来事だったんだ」
「そうですか。道理でへんな話だと思いました。しかし、家族が居ませんね。それと、あなたはどなたですか?」と聞く。
「順番に答える。まず、夢ではあるがあの話は現実だ。家族は君の力が目覚めた後まで生存されていた方は別の場所で暮らしている。安心してもらっていい。あと、私に名前はない」とのこと。
よくわからないので詳しく聞いてみると
・家族が死んだところまでは起きていた。が、ケイコ様の姿が見えてその仏壇に入ってからは“肉体としては”眠っていて、夢と言う人間の体の機能を使って訓練をしていた。基礎訓練の段階は精神力がその全てであるため、寝ていても問題はない。むしろ寝ている間に陰陽師としての体力を鍛える方法の眠り方をしていた。眠っていた期間は6ヶ月。会社の退職、保険などの諸手続きは済んでいるので心配ない。
・家族は今後、陰陽師である間は会えない。精神的、肉体的限界に来たとこの男性が判断した段階で引退となる。
・この男性はケイコ様と同じ“存在”であり、今後私の教育係兼、実際の任務の連絡、サポートをする係。名前は無い。本来的には名前があるのはケイコ様だけで、必要もないのだが本人が「稽古」にかけて駄洒落的に便宜上つけた呼び方ということ。
「ではなんとお呼びすれば」と聞くと「なんでもかまわない」というので「イチロー先生、ではどうでしょう」と聞いてみる。先生、というのはこれから関わる人に何の先生かと聞かれて面倒ではないか? というので「イチローさん」と呼ぶことに決まった。
「さて」とイチローさん。
「これからの訓練は、肉体と精神を同期させることが問題となる。むしろ寝ていた時の訓練のほうが肉体の関与がなかったため、簡単だった。いわゆる幕を通る段取りも簡略化してあった。実際にはああいうものではない。まず、幕を自力で出さなくてはいけない。出せた後も唱える呪文のようなものをきちんと習得しないと通ることもできない。怪我をすることもある。気を引き締めて臨みなさい」とのこと。うわーやっぱ簡単すぎると思ってたんだよなー、と思うと
「そうだ。そう簡単なものではないのだよ」とのこと。あれれ心が読めるのか。じゃあ前にケイコ様に「性行為でも」と言われたときにちょっとだけ「やってもいいかも」と思ったのもバレたのかな、とつい思ってしまう。と、イチローさんが苦笑して「ああ、バレているよ。どうせ夢みたいなものだったらやればよかった、だろう?」と。
いやまあ、じゃあ訓練をしましょう、と言ってみる。最初に幕を出す呪文というのを教わる。長い。それは口に出して言うんですか? と聞くと「回りには聞こえないほどの小声でかまわないが、発声は必要」とのこと。言って見る。噛む。またトライ。間違える。やっと言えた。幕が出ない。気合が足りないのかな、と思うと「そう。もっと集中して。幕が出ることを信じて、イメージして」とのこと。再トライ。出た。今度は消す呪文。これは1回で出来た。出したり消したりを延々と繰り返す。物凄く疲れる。初日はこれで終わり。
「飲食は普通にしていいのでしょうか」と聞く。「突然の陰陽師活動に対応できるように、泥酔しない程度なら酒は問題ない。魚は生や煮たものなら大丈夫。揚げたものはダメ。肉は通常は鳥類だけOK。牛肉豚肉は陰陽師の力が“にごる”ため、普段は食べないように。魔物が大量発生して全滅させた後は、魔物界の力が弱まるため、数週間は大物は出てこない。陰陽師の力の“にごり”はほぼ10日ほどで完全に抜けるため、大量退治の直後は牛肉豚肉もOK。でもフライや天麩羅はダメ」とのこと。
そうですか、なんか格闘技の選手みたいですね、と言うと「まあ、牡蠣フライが食べられないのは残念だろうが。ナマか鍋モノで」と言われる。そこまでお見通しとは恐れ入る。
数日間、幕を出したり引っ込めたりの訓練が続く。「では入ってみようか」と武器である木の小さい棒を渡される。「魔物が出たら、極力戦わず戻ってくること。いいね」と言われる。やはり魔物も夢のものとは桁外れに強いんだろう。いよいよ入る呪文を教わる。これは短い。ただ、足を踏み入れる瞬間に同時に発しないと弾かれるとのこと。なので、入るのに成功したら最初はそのままバックで戻るように、と言われる。
幕を出して、一歩踏み出して見る。物凄い勢いで弾かれた。数メートル吹っ飛んだはずだ。背中を強打して息をするのも辛い。これは相当にシビアだな、と思う。「はい少し呪文のほうが早かった。もう一度」とイチローさんの声がする。いやちょっとすぐには立てませんよ。