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February 26, 2004

表と裏、光と影

物事にはいろいろな側面がある、ということを改めて思いました。

バールもどき: 宅配便のサービス向上と問題点>こちらにトラックバックをいただきました。piacere blog+さんの

piacere blog : コンビニのお仕事 アーカイブ>こちらのアーカイブ全体にリンクをさせていただいています。

その中で、特にこの2つのエントリーを中心に思ったことを書かせていただきます。
お客さま激減
コンビニ店員だって人間だ>トラックバックはこちらに送らせていただきました。

#今回、私のページ含めてリンクがとても多いですが、引用するよりもリンクのほうがわかりやすいかと思いそうさせていただいています。

さて、まずは“お客様激減”について。
バールもどき: 餅ついて行こう>こちらに書いたように“吉野家Xディ”の前日であった2月10日から、あとこのエントリーでは触れていませんが“松屋が牛丼販売終了予定日を15日から13日に繰り上げ”のあたり、この週のワイドショー系、ニュースショー系は吉野家および牛丼一色だった、といえます。私も“こりゃ参った”という感じで見ていましたし、最終日(10日深夜)に吉野家に行きもしました。しかし“お客様激減”に書かれていたようなことは私自身まったく気付きませんでしたし、報道もされていませんでしたよね。>してたのかな? 少なくても吉野家や牛肉そのものがメインだったと思うのですが。報道は。

ちょっとそのときは生々しいコメントとして聞いてしまったので書かなかったのですけれど。吉野家騒動、9日、10日あたりかな、親戚で昔から弁当屋をしていた人のが「吉野家はバチが当たったんだ」と言ったんだそうです。家族から聞いたのですが。

私個人は、超常現象というようなものを信じないタイプですので“バチが当たった”ということそのものについてはノーコメントとします。しかしながら、弁当屋をやっていた人に“そう思わせた”のは事実ですよね。

大手チェーンならいざ知らず、自営業系の弁当屋にとって、吉野家は並400円時代から脅威であったことは想像できます。地域密着型の飲食店、弁当店みたいなところは10円20円の価格設定を“周りと自分の利益率を見ながら”決めるはずです。「あそこのお蕎麦屋さんは一番安いお蕎麦がこれくらい。あっちの定食屋さんはこれくらいで、サラダもついている。ならばうちのノリ弁はこれくらいかなあ。サラダはこれくらいの値段かな」というように。

そういう「日本風の古くからのやり方」が良いとはいえません。良い面も悪い面も両方あると思います。吉野家を中心とする近代的な製造、販売の仕組み、経営戦略変更により“絶対下げないと公言していた価格を並280円に下げた”ことも悪いとは言えません。競合他社、特に松屋などの追い上げに対抗するために、経営シミュレートをした結果としての判断だったと思います。実際、“安いから”とはいえ、ちょっと昼に59円のハンバーガーはなあ、と思っていた勤め人男性には“吉野家の並が280円”は物凄く“効いた”戦略となったわけです。“特盛りより並2杯”ということで満足した男子学生も居たわけです。彼らを吉野家は(大げさなようですが)“救った”という側面はあります。

反面、それは地域密着型の定食屋さんや弁当屋さんに“とどめを刺した”ということは断言していいでしょう。280円で焼肉定食や焼肉弁当を出すことは、自営業系のお店にはほぼ不可能と言っていいでしょう。味で勝負、という選択をしても、毎日は来てくれないですよね。690円の焼肉定食は週1回、あとは吉野家だ、というような感じになってしまうんではないかと思います。

これについては
・吉野家は並280円ということでも利益を出せる線を見つけ、また、集客率を上げることで、(たぶんですが)他のメニューも結局売れたりして利益を上げた
・お客さんは280円で昼飯を食べられるのでお小遣いが浮いた。
・地域密着型の飲食店、弁当屋は吉野家に客を、言い換えれば売り上げ金を奪われた形になった。
という図式があるわけですよね。

浮いたお金は飲み代とかという形で他の居酒屋チェーンなどに利益をもたらしたかもしれません。とにかく、吉野家の並280円が、勤め人男性の“お昼代金”の動きに影響を与えたという見方はできます。

もの凄く前フリ長くなってしまいましたがそんなこんながあっての、この間の“吉野家X-ディ騒動”なわけです。で、そこで報道されたのは
・国民食消える
・サラリーマンの昼食を支えてきた吉野家が

という報道のされ方。というか、私自身の捕らえ方もそうでした。が、その裏、というか、報道されていない部分では
・X-ディ騒動でコンビニのお客さんが激減した
・吉野家はバチが当たった と思う人々も居た

なわけです。
どちらが表で、どちらが裏だ、あるいは光と影だ、という言い方は、報道のされ方や一般的な人々(もちろん私を含めて)の受け取り方の側面であって、その中心に居た人たちの行為や立場には表も裏も光も影もない、という意図だということは念のため強調させていただきます。しかしながら、私たちは、物事を「一点からしか」見られないことがありがちだ、ということをpiacere blog+さんの一連のコンビニ関連のエントリーを読んでいて思い出させられた気持ちになりました。

私は文章を書く仕事をしていたころ、若手には「物事を一方向からしか見て着想してはいけないよ」ということを延々いい続けてきました。集団制作の現場を離れ、1人で作業をしているいまとなっては、それを若手に言うことで自分にもそれを言い聞かせていたんだろうなあ、などということもしみじみと思ったりしました。

また、私たちはよく“○○の店員は態度が悪い”なんてことを軽く口にしがちですが、はたして“我々はいい客であるのか”ということも思わされました。レシートの件などにしても、お釣りや商品と別々に(遅れて)出てきたりすると、待たずにそのまま店を出てしまいがちだったな、とか。piacere blog+さんで書かれていたような“そもそもレシートとは”ということを、店員さんの立場に立って一度でも考えたことがあれば、そういうことはしないはずですよね。反省です。

もちろん、私を含めてほとんどの人が「あるときは客であり、あるときは業者である」立場を入れ替えながら毎日生活しているわけです。さっきの表と裏、とはちょっと意味合いが違いますが、自分の中にも色々な面(客だったり業者側だったり)があるんだ、ということを時々思い出すだけで、人様に余計な不快感を与えなくて済むのかもしれないな、と思ったりもしました。

最後に。これはちょっとおかしな話なんですが。
私はクセで、相手が頭を下げたら反射的に自分の下げます。もしくは「ある場所から自分が立ち去る」または逆の場合でも、何度も頭を下げてしまいます。それこそコンビニやファストフードのレジでお店の人も私もやたらとぺこぺこ動いている様は、他人から見るとおかしいそうです。最も変なのは、自分が客で行っている店で、他のお客さんが帰ったときに店員と一緒になって頭を下げてしまうとか。
古くからの友達には「水のみ鳥人形みたいだ」と笑われたりもします。これは亡父が私に「頭はいくら下げても只だ」と言い続けてきたせいもあるでしょう。また、仕事を始めたときに「背が高いとそれだけで態度が悪いと思われることがある(偉そうにしている)」と先輩にアドバイスをされたことも理由かもしれません。いまでも結構「それおかしいですよ」とか「おじぎしすぎですよ」と笑われることがあります。いい客ぶっての話ではないのですが、まあ、笑われている分にはいいのか、と。怒られるよりはマシですよね。

Posted by yae at February 26, 2004 01:11 PM | TrackBack
Comments

yaeさん、トラックバックありがとうございます。piacere blog+のsolaです。

おっしゃる通りマスメディアでは「牛丼最後の一杯」を追い続けて、その裏側には全くと言っていいほどクローズアップしませんでした。マスメディアはいつでも、どこでも中立的な立場で、公平な報道をするべきなのにこうして偏った見方をするのはいかがなものか、とうんざりしながらテレビを見てました。

これに限らず、いつもひとつの物事の裏を考えていかないと、本当の「いい人」にはなれないのかなぁなんて思ったりしました。yaeさんのエントリーには考えさせられるものがあります。

ではでは。

Posted by: sola at February 26, 2004 08:39 PM
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